(第1話)詩魔法師の言霊(ことだま)【創作大賞2024ファンタジー小説部門応募作】
第1話 言葉の力の目覚め
朝靄の立ち込める村はずれの小さな家で、少年レンは目を覚ました。窓から差し込む柔らかな光が、彼の褐色の髪を優しく照らしている。今日もまた、退屈な一日が始まるのだろうと思いながら、レンはゆっくりと身を起こした。
「レン、起きたの?朝ごはんができてるわよ」
母の声に応えて、レンは「はーい」と返事をしながら着替えを始めた。
食卓に着くと、いつもの質素な朝食が並んでいた。パンと野菜のスープ。レンは黙々と食事を口に運んだ。
「今日も畑仕事を手伝ってくれるかしら?」母が優しく尋ねる。
「うん、わかった」レンは気の乗らない様子で答えた。
レンは17歳。この小さな村で生まれ育ち、両親と共に農業を営んでいた。しかし、彼の心の中には常に何かが欠けているような感覚があった。もっと大きな世界があるはずだ。もっと自分にできることがあるはずだ。そんな思いが、日に日に大きくなっていた。
畑に向かう途中、レンは村の広場を通り過ぎた。そこでは、いつものように村人たちが集まり、朝の挨拶を交わしている。しかし今日は何か様子が違った。村長を中心に、村人たちが激しい口調で議論を交わしているのだ。
好奇心に駆られたレンは、その輪に近づいた。
「このままでは村が滅びてしまう!」
「でも、他に方法がないじゃないか」
「誰か、助けを求めに行くべきだ」
断片的に聞こえてくる会話に、レンは耳を傾けた。どうやら、村を襲う干ばつの対策について話し合っているようだ。作物は枯れ、水源は涸れかけている。このままでは村全体が飢饉に見舞われるのは時間の問題だった。
レンは思わず口を開いた。「僕が…僕が何かできることはありませんか?」
村人たちの視線が一斉にレンに向けられた。村長が苦笑いを浮かべながら言った。「レン、君の気持ちはわかるが、これは子供が関わる問題じゃない。大人たちに任せておきなさい」
その言葉に、レンの胸の内で何かが燃え上がった。「でも、僕だって…」
その瞬間だった。レンの口から発せられた言葉が、まるで目に見える光となって空中に浮かび上がったのだ。
「みんなで力を合わせれば、必ず道は開ける」
その言葉が、まるで魔法のように村人たちの周りを包み込んだ。驚きの声が上がる中、不思議なことに村人たちの表情が変わり始めた。絶望的だった目つきが、希望に満ちたものへと変化していく。
「そうだ…そうだったんだ」村長が呟いた。「我々は一人一人では無力かもしれない。しかし、みんなで力を合わせれば、きっと何かが変わるはずだ」
レンの言葉をきっかけに、村人たちの間で新たなアイデアが次々と生まれ始めた。水源を探すための探索隊を組織する案、節水のための新しい農法を試す提案、近隣の村との協力関係を築く計画など、様々な意見が飛び交った。
レン自身、何が起こったのかよくわからなかった。しかし、自分の言葉が村人たちの心を動かし、状況を変えたことは確かだった。
その日の夕方、レンは両親に今日の出来事を報告した。
「レン、君には特別な才能があるのかもしれない」父が真剣な表情で言った。「言葉の力を操る能力…昔から伝説にあった『詩魔法師』の力だ」
「詩魔法師?」レンは首を傾げた。
母が説明を加えた。「言葉の力で現実を変える能力を持つ者たちよ。でも、もう何世代も前から姿を消したと言われていたの」
「そんな…僕が?」レンは自分の手を見つめた。何も変わっていないように見える。しかし、確かに今日、自分の中で何かが目覚めたのを感じていた。
「レン」父が静かに、しかし力強く言った。「君にはこの村を超えた使命があるのかもしれない。言葉の力を正しく使い、多くの人々を助けることができるはずだ」
レンは深く考え込んだ。これまで感じていた「何かが欠けている」という感覚は、この力に気づいていなかったからなのかもしれない。そして今、自分の前に新しい道が開かれようとしている。
「僕…旅に出ようと思います」レンは決意を込めて言った。「この力のことをもっと知りたい。そして、困っている人々を助けたいんです」
両親は驚いた様子だったが、すぐに穏やかな笑顔を見せた。「わかったわ、レン」母が優しく言った。「あなたの決意を尊重するわ。でも、約束してね。困ったときは必ず帰ってくること」
「ああ、必ず」レンは力強くうなずいた。
その夜、レンは星空を見上げながら考えた。明日から始まる旅のこと、出会うであろう人々のこと、そして自分の言葉が持つ力のこと。不安と期待が入り混じる中、レンは静かに誓った。
「僕の言葉で、世界をより良い場所にしてみせる」
朝日が昇る頃、レンは小さな荷物を背負い、村を後にした。未知の冒険が、今始まろうとしていた。
#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?