(第1話)スマートフォン依存症からの脱出:30日間のデジタルデトックス体験記【創作大賞2024オールカテゴリ部門応募作】
第1話依存症の自覚:なぜデジタルデトックスを決意したのか
朝日が差し込む部屋で、私は目を覚ました。習慣的に枕元のスマートフォンに手を伸ばす。画面を開くと、たちまち無数の通知が飛び込んでくる。SNSの更新、未読メール、ニュースの速報。指が自動的に動き、それらを次々とチェックしていく。気がつけば、起き抜けの30分が過ぎていた。これが私、佐藤健太の日課だった。
29歳、東京のベンチャー企業でエンジニアとして働く私の生活は、デジタルデバイスに支配されていた。特別な趣味もなく、休日は部屋に籠もってストリーミングサービスでドラマを観たり、スマホゲームに没頭したりして過ごす。友人との交流も、ほとんどがメッセージアプリを通じてのもの。顔を合わせて話すのは、月に一度あるかないかだった。
そんな日々に違和感を覚え始めたのは、ある夏の深夜のことだ。エアコンの効いた部屋で、いつものようにスマホを片手に横たわっていた。突然、画面が暗転し、部屋が闇に包まれる。バッテリーが切れたのだ。充電器を探そうと体を起こした瞬間、激しいめまいと吐き気に襲われた。その時、はっとした。私は何時間も同じ姿勢でスマホを見続けていたのだ。
翌日、オフィスでこの出来事を同僚の田中に話すと、彼は真剣な表情で言った。「健太、それってスマホ依存症の症状じゃないか?」最初は冗談だと思ったが、その言葉が頭から離れなくなった。
その日の帰り道、電車の中で周りを見渡すと、ほとんどの乗客がスマホを操作していた。自分も含めて、みんな現実世界から目を逸らし、小さな画面の中の世界に没頭している。この光景に、どこか異様さを感じた。
家に帰り、恐る恐るスマホの使用時間を確認してみると、驚愕の結果が待っていた。1日平均7時間以上もスマホを操作していたのだ。睡眠時間を除けば、起きている時間の半分以上をスマホと過ごしていたことになる。この数字を見て、自分の生活の異常さを痛感した。
衝撃を受けた私は、スマートフォン依存症について調べ始めた。症状を読んでいくうちに、自分の状態が典型的な依存症の特徴と一致していることに気づいた。常にスマホをチェックしたくなる衝動、スマホを忘れると不安になる、現実世界よりもオンラインでの活動に没頭する。まさに自分のことだった。
さらに調べていくと、スマホ依存症が及ぼす悪影響の深刻さに愕然とした。睡眠障害、視力低下、姿勢の悪化といった身体的な問題だけでなく、集中力の低下、対人関係の希薄化、うつ症状のリスク増加など、精神面への影響も大きいことがわかった。
このままではいけない。そう思った矢先、あるウェブ記事に目が留まった。「デジタルデトックス」という言葉が目に飛び込んできた。スマートフォンやSNSなどのデジタル機器から意図的に距離を置き、心身をリフレッシュする取り組みだという。
記事には、デジタルデトックスを実践した人々の体験談が載っていた。最初は不安や孤独を感じたものの、次第に集中力が向上し、人間関係が深まり、新たな趣味を見つけたという。まるで別人のように生き生きとした姿に、私は強く惹かれた。
しかし、すぐに実行に移す勇気は出なかった。仕事でもプライベートでも、スマホは欠かせないツールだ。完全に手放すのは現実的ではない。かといって、このまま依存症を放置するわけにもいかない。
悩んだ末、30日間のデジタルデトックスチャレンジを決意した。完全にスマホを手放すのではなく、使用時間を1日1時間以内に制限し、SNSは一切使わない。仕事に必要な連絡はパソコンのメールで行い、緊急時以外は通話もしない。
この決断を下した瞬間、不安と期待が入り混じった複雑な感情が湧き上がった。果たして30日間も続けられるのだろうか。この挑戦が自分をどう変えるのか。そもそも、スマホなしの生活なんて想像もつかない。
準備として、まず家族や友人、職場の上司に自分の決意を伝えた。予想外だったのは、みんなが意外にも理解を示し、応援してくれたことだ。特に両親は、「昔の健太に戻ってくるみたいで楽しみだ」と喜んでくれた。
次に、代替手段を用意した。目覚まし時計を買い、紙の手帳を用意し、久しぶりに腕時計を身につけた。家の中には、スマホの誘惑から逃れるため、本や雑誌を置いた。また、長年放置していた趣味の絵画道具も引っ張り出した。
デトックス初日の朝、いつもならスマホのアラームで目覚めるところを、古典的な目覚まし時計の音で目を覚ました。習慣的にスマホを探す手を、意識的に止める。代わりに窓を開け、深呼吸をした。久しぶりに朝の空気を肌で感じ、鳥のさえずりを耳にした。
通勤電車の中では、周りの人々がスマホを操作する中、私は持参した本を開いた。最初は落ち着かず、無意識のうちにポケットの中のスマホを探る手を、何度も止めなければならなかった。しかし、物語に没頭するうちに、そんな衝動も徐々に薄れていった。
オフィスでは、同僚たちの好奇の目にさらされた。スマホを見ない私の姿は、明らかに異質だったのだろう。しかし、対面でのコミュニケーションが増えたことで、チームの雰囲気が良くなっていくのを感じた。
帰宅後、いつもならSNSやゲームで時間を潰すところを、久しぶりに絵筆を取った。最初は何を描けばいいのかわからず戸惑ったが、しばらくすると昔取った杵柄で、徐々に絵の具が紙の上で踊り始めた。
夜、ベッドに横たわりながら、この1日を振り返った。確かに不便さはあったが、それ以上に新鮮な発見が多かった。スマホの誘惑から解放された時間で、忘れていた感覚を取り戻せた気がした。
窓の外を見ると、久しぶりに夜空の星が綺麗に見えた。深呼吸をして、明日への期待を胸に秘めながら、私は目を閉じた。これが、私のデジタルデトックス30日間の挑戦の始まりだった。果たして、この決断は正しかったのか。不安と期待が入り混じる中、私は新たな一歩を踏み出したのだった。
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