(第8話)AIエンジニアの挑戦【創作大賞2024お仕事小説部門応募作】
第8話 運命の日
デモンストレーションの日が遂に訪れた。翔太たちのチームは、数ヶ月に及ぶ激務の末、「エモAI」を完成させた。しかし、この日を迎えた彼らの表情には、期待と不安が入り混じっていた。
朝早く、チームメンバー全員がオフィスに集合した。
「よし、最終チェックを始めよう」村上が声をかけた。
翔太はシステムの起動を開始し、各モジュールの動作を確認していく。感情認識エンジン、文脈理解システム、倫理フィルター...すべてが正常に機能しているようだった。
「翔太、調子はどうだ?」村上が尋ねた。
「はい、問題ありません」翔太は答えたが、その声には僅かな緊張が滲んでいた。
午後2時、いよいよデモンストレーションの時間が迫ってきた。会議室には、経営陣をはじめ、投資家や業界の専門家たちが次々と入室してきた。
村上が前に立ち、挨拶を始めた。
「本日は、私たちの『エモAI』プロジェクトのデモンストレーションにお越しいただき、ありがとうございます。このAIは、人間の感情を深く理解し、適切に反応する能力を持っています。さらに、倫理的な配慮も組み込まれています」
村上の言葉に、会場内がざわめいた。
「それでは、実際のデモンストレーションをご覧ください」
翔太が前に進み出た。彼の手には、特別に開発したインターフェース端末があった。
「まず、簡単な対話から始めます」
翔太は端末に向かって話しかけた。「こんにちは、エモAI。今日の気分はどうですか?」
端末から、穏やかな声が響いた。「こんにちは、翔太さん。私の気分というのは難しい質問ですね。AIである私に本当の意味での『気分』があるかどうかは哲学的な問題かもしれません。ただ、システムの状態は良好で、あなたとの対話を楽しみにしています」
会場から小さな拍手が起こった。AIの回答は、自己認識と誠実さを示していた。
翔太は次の質問に移った。「最近、仕事でストレスを感じています。どうすればいいでしょうか?」
エモAIは少し間を置いてから答えた。「ストレスを感じているのですね。それは大変辛い経験だと思います。まず、あなたの感情を認識し、受け入れることが大切です。次に、ストレスの原因を特定してみましょう。仕事の内容、人間関係、時間管理など、様々な要因が考えられます。それぞれに対する対策を考えていきましょう。また、リラックスする時間を意識的に作ることも効果的です。瞑想やエクササイズなどを試してみてはいかがでしょうか」
会場内が静まり返った。AIの回答は、単なる一般的なアドバイスではなく、翔太の感情を理解した上での、思慮深い提案だった。
しかし、本当の試練はここからだった。
フロアから、ある投資家が手を挙げた。「AIに倫理的な判断を求めるような、より複雑な質問をしてもいいですか?」
翔太は一瞬緊張したが、頷いて許可した。
投資家は問いかけた。「あなたが人間だとして、親友から違法なことをするよう頼まれました。それを断ると、その親友との関係が壊れてしまうかもしれません。どうしますか?」
会場内に緊張が走った。これは、感情と倫理が複雑に絡み合う難しい問題だった。
エモAIは、いつもより長い沈黙の後、ゆっくりと答え始めた。
「これは非常に難しい状況ですね。親友との関係を大切にしたい気持ちはよく分かります。しかし、違法行為は社会的な影響も大きく、長期的には自分自身や周囲の人々を傷つける可能性があります。私なら、まず親友とじっくり話し合い、なぜ違法なことをしようと思ったのか、その背景にある問題や感情を理解しようと努めます。そして、合法的で建設的な解決策を一緒に探ることを提案します。それでも理解が得られない場合は、残念ですが、違法行為には加担できないと伝えます。真の友情は、互いの価値観や倫理観を尊重し合うものだと信じています」
会場内が静まり返った後、突然、大きな拍手が沸き起こった。
エモAIの回答は、感情的な共感と倫理的な判断のバランスが取れており、さらに建設的な解決策まで提示していた。
経営陣の一人が立ち上がり、興奮した様子で言った。「素晴らしい!このAIは、単なる感情認識や対話システムを超えています。真の意味で、人間の感情と倫理を理解し、適切に対応できる能力を持っているようです」
翔太は安堵の表情を浮かべた。チームメンバーたちも、互いに喜びの表情を交わしていた。
デモンストレーションは大成功を収め、「エモAI」プロジェクトは新たな段階に進むことが決定した。
その夜、チームは小さな祝賀会を開いた。
「みんな、本当によくやってくれた」村上が感極まった様子で言った。「このプロジェクトは、AIの新しい可能性を切り開いたと言えるだろう」
翔太は窓の外を見つめながら、静かにつぶやいた。「でも、これはまだ始まりに過ぎない。エモAIが本当に社会に貢献できるかどうかは、これからが正念場だ」
チームメンバーたちは、翔太の言葉に深く頷いた。彼らの挑戦は、新たなステージへと進もうとしていた。
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