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(第6話)株式会社SmartHR 創業物語【創作大賞2025ビジネス部門応募作】2024/09/09分

第6話:「拡大と挑戦」

「宮田さん、住友不動産六本木グランドタワーの内覧に行きましょう」

2019年4月のある日、SmartHRの秘書、佐藤の声が宮田昇始の耳に入った。宮田は手元の書類から目を上げ、窓の外を見やった。PMO半蔵門から見える東京の街並みは、春の陽光に輝いていた。

「ああ、そうだったな。行こう」

宮田は立ち上がり、上着を羽織った。SmartHRは急速な成長を遂げ、現在のオフィスでは手狭になっていた。新しいオフィスの選定は、会社の次なる飛躍のための重要な決断だった。

タクシーに乗り込んだ宮田は、ふと思い出した。2013年1月23日、渋谷のワンルームマンションで一人で始めた会社。当時は、人事労務の煩雑な手続きに苦しむ中小企業の姿を見て、「テクノロジーで解決できるはずだ」という思いだけで起業を決意した。

その後の道のりは決して平坦ではなかった。資金調達の難しさ、優秀な人材の確保、そして何より、既存のシステムに慣れた企業に新しいソリューションを受け入れてもらうことの困難さ。これらの課題と日々格闘してきた。

しかし、宮田と彼のチームは諦めなかった。顧客の声に真摯に耳を傾け、製品を改善し続けた。そして少しずつ、SmartHRの評判は広がっていった。

「宮田さん、到着しました」

佐藤の声に我に返った宮田は、タクシーから降りた。目の前に聳え立つ住友不動産六本木グランドタワーを見上げ、深呼吸をした。

内覧が始まり、宮田は広々としたオフィススペースを歩き回った。170坪から650坪への拡張。この変化は、SmartHRの成長を如実に物語っていた。

「どうですか、宮田さん?」不動産エージェントが尋ねた。

宮田は窓際に立ち、東京の街を見下ろした。「素晴らしいですね。ここなら、私たちの次の挑戦にふさわしい環境が整いそうです」

内覧を終え、宮田はオフィスに戻った。会議室には、主要メンバーが集まっていた。

「みなさん、新オフィスの件で相談があります」

宮田は内覧の様子を説明し、メンバーの意見を求めた。

開発リーダーの田中が発言した。「広さは十分ですが、費用面が心配です。今の段階でそこまでの投資が必要でしょうか?」

営業部長の佐藤も同意した。「確かに、現在の成長率を考えると必要になるでしょう。でも、もう少し様子を見てもいいかもしれません」

宮田は真剣な表情で答えた。「みなさんの懸念はよく分かります。しかし、私はこう考えています。この移転は単なるオフィス拡大ではありません。私たちの次なる挑戦への決意表明なんです」

メンバーたちの表情が引き締まる。

「私たちの目標は、日本の働き方を変えること。そのためには、より多くの企業にSmartHRを使ってもらう必要があります。新しいオフィスは、その目標に向けた私たちの覚悟の象徴なんです」

宮田は一人一人の顔を見つめながら続けた。

「確かに、大きな投資です。でも、私たちならできる。むしろ、この挑戦こそが私たちを成長させるはずです」

メンバーたちの目に、決意の光が宿り始めた。

「さあ、新しい挑戦に向けて、一緒に頑張りましょう」

全員が頷き、新オフィスへの移転が決定した。

数週間後、SmartHRは住友不動産六本木グランドタワーへの移転を完了した。広々としたオフィスには、以前の倍以上の社員が働いていた。

移転から1ヶ月が経った頃、宮田は全社員を集めた。

「みなさん、おはようございます。今日は重要なお知らせがあります」

社員たちの視線が宮田に集中する。

「私たちは、新たな資金調達を実施しました。この資金を活用して、私たちは次のステージに進みます。具体的には、関西支社の開設を計画しています」

社員たちの目が輝きを増す。

「日本の働き方を変えるという私たちの使命は、東京だけでは達成できません。全国の企業にSmartHRを届けるため、まずは関西から展開を始めます」

宮田は力強く締めくくった。

「これは私たちにとって大きな挑戦です。でも、私は確信しています。この仲間となら、必ず成功できると」

大きな拍手が沸き起こった。

その日の夜、宮田は一人オフィスに残っていた。窓から見える東京の夜景を眺めながら、彼は静かに呟いた。

「父さん、見ていますか?」

宮田の父は、中小企業の経営者だった。人事労務の煩雑さに悩む父の姿が、SmartHRを立ち上げるきっかけの一つだった。

「私は、あなたのような経営者の助けになりたかったんです。そして今、少しずつですが、その夢が実現しつつあります」

宮田の目に、涙が光った。

翌日から、関西支社設立に向けた準備が始まった。人材の採用、オフィスの選定、現地企業とのネットワーク作り。すべてが初めての経験だった。

しかし、困難は予想以上だった。関西の企業文化は東京とは異なり、新しいテクノロジーの導入に慎重な傾向があった。また、地元の人事サービス会社との競争も激しかった。

ある日、関西支社立ち上げのリーダーを務める山田が、落胆した様子で宮田のもとを訪れた。

「宮田さん、正直厳しい状況です。なかなか商談が成立しません」

宮田は山田の肩に手を置いた。「山田くん、焦らないで。私たちのサービスの価値は、時間をかけて理解してもらう必要があるんだ」

「でも、このままでは...」

「こう考えてみよう。関西の企業が慎重なのは、逆に言えば堅実だということだ。一度信頼を得れば、長く付き合ってくれるはずだ」

宮田は自身の経験を語り始めた。

「私たちが東京で始めた時も同じだった。最初は誰も信じてくれなかった。でも、一つ一つ丁寧に説明し、実際に使ってもらうことで、少しずつ理解者が増えていったんだ」

山田の目に、少しずつ希望の光が戻ってきた。

「大切なのは、諦めないこと。そして、お客様の声に真摯に耳を傾けること。それさえ忘れなければ、必ず道は開けるはずだ」

山田は力強く頷いた。「分かりました。もう一度、気持ちを入れ替えて頑張ります」

その後、関西支社のチームは戦略を練り直した。地元の商工会議所と連携し、セミナーを開催。SmartHRの利点を丁寧に説明し、無料トライアルを積極的に提案した。

徐々に、成果が表れ始めた。最初は小規模な企業が中心だったが、使い勝手の良さが口コミで広がり、中堅企業にも導入が進んでいった。

半年後、関西支社は軌道に乗り始めた。この成功を受けて、SmartHRは九州や東海への展開も視野に入れ始めた。

全国展開が現実味を帯びてきたある日、宮田は再び全社員を集めた。

「みなさん、私たちは大きな一歩を踏み出しました。関西支社の成功は、私たちの理念と技術が、地域を超えて受け入れられることの証明です」

社員たちの顔に、誇りと自信が満ちていた。

「しかし、これはまだ始まりに過ぎません。日本中の企業の働き方を変える。その目標に向けて、私たちはこれからも挑戦を続けます」

宮田は力強く締めくくった。

「一人一人の力は小さいかもしれません。でも、この仲間が力を合わせれば、必ず日本を変えられる。私はそう信じています」

大きな拍手が沸き起こる中、宮田は窓の外を見つめた。夕暮れの東京の街並みが、オレンジ色に染まっていた。その光景は、SmartHRの未来のように輝いて見えた。

第6話終わり

#創作大賞2025 #ビジネス部門

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