(第2話)スマートフォン依存症からの脱出:30日間のデジタルデトックス体験記【創作大賞2024オールカテゴリ部門応募作】
第2話 準備と不安:デトックス開始前の心境と対策
デジタルデトックスを決意してから一夜が明けた。目覚めた瞬間、習慣的にスマートフォンを探す手を止める。引き出しにしまったそれが、まるで私を呼んでいるかのように感じられた。深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。30日間の挑戦を成功させるには、綿密な準備と強い心構えが必要だ。
ベッドから起き上がり、久しぶりに紙とペンを手に取った。デトックスのルールと対策を書き出していく。スマートフォンの使用時間は1日1時間以内。この貴重な時間は仕事関連の連絡と家族との緊急連絡のみに充てる。SNSは完全に禁止し、娯楽目的でのネット利用も控える。これらの制限は厳しいが、必要不可欠だと自分に言い聞かせた。
次に、スマートフォンの代替手段を考える。時計代わりに使っていたスマートフォンの代わりに、長年使っていなかった腕時計を引っ張り出した。カメラが必要な時のために、昔使っていたデジタルカメラの充電も済ませた。音楽を聴くときは、押し入れの奥に眠っていたiPodを復活させることにした。
最大の懸念は仕事への影響だ。IT企業に勤める私にとって、スマートフォンは単なる通信手段ではなく、仕事そのものだった。プロジェクト管理アプリ、クラウドストレージ、チャットツール...これらすべてをスマートフォンで操作していた。上司や同僚に事情を説明し、緊急の連絡はメールか会社の内線電話を使うようお願いした。
幸いにも、上司は予想以上に理解を示してくれた。「良い機会だ。このチャレンジから学べることも多いはずだ。頑張れ」という励ましの言葉に、少し勇気づけられた。同僚たちの反応は様々だったが、多くは興味津々といった様子で、中には「自分もやってみようかな」と言ってくれる人もいた。
友人関係の維持も大きな課題だった。LINEでのやりとりが主だった友人たちとの関係を、どのように保っていくか。熟考の末、親しい友人には事前にメールで状況を説明し、30日間はメールでのやりとりに切り替えてもらうことにした。
予想外だったのは、友人たちの反応だ。「すごい決断だね!」「応援してるよ」という声が多く、中には「たまには直接会って話そう」と提案してくれる友人もいた。デジタルデトックスが、逆に人間関係を深める機会になるかもしれないと感じ始めた。
しかし、これらの対策を立てても、不安は完全には消えなかった。スマートフォンなしの生活が、どれほど不便で孤独なものになるのか、想像するだけで胸が締め付けられる。特に心配だったのは、いわゆる「スキマ時間」の過ごし方だ。通勤中、昼休み、寝る前のひととき。これまではスマートフォンで手軽に時間を潰せていたが、これからはどうすればいいのか。
その対策として、まず本屋に足を運んだ。普段なら電子書籍を選んでいたが、今回は紙の本を手に取る。小説、ビジネス書、自己啓発本...興味のある本を数冊購入した。本を読むことで、単に時間を潰すだけでなく、自己成長にもつながるのではないかと期待した。
また、以前から始めたいと思っていた筋トレも、この機会に取り入れることにした。自重トレーニングの本を買い、簡単なトレーニングメニューを組んでみた。体を動かすことで、スマートフォン依存のストレスも軽減できるのではないかと考えた。
さらに、長年放置していた趣味の絵画も再開することにした。押し入れから画材を引っ張り出し、イーゼルを組み立てる。絵を描くことで、創造性を刺激し、内なる自分と向き合う時間が持てるのではないかと期待した。
準備を進める中で、徐々に不安が期待に変わっていくのを感じた。この30日間で、自分自身がどう変わるのか。新しい趣味や興味が見つかるかもしれない。人間関係が深まるかもしれない。仕事への取り組み方が変わるかもしれない。そう考えると、少しずつワクワクしてきた。
しかし同時に、この挑戦の難しさも痛感していた。長年かけて形成されたスマートフォン依存の習慣から抜け出すのは、想像以上に困難なはずだ。特に最初の1週間が重要だと、デジタルデトックスの体験談で読んだ。最初の難関を乗り越えられるか、不安と期待が入り混じる。
デトックス開始前夜、最後にスマートフォンを手に取った。明日からは見られなくなるSNSの通知やメッセージを確認し、必要な情報をメモに書き写す。そして、深呼吸をして、スマートフォンの電源を切った。
引き出しにスマートフォンをしまいながら、ふと窓の外に目をやった。夕暮れ時の空が美しく染まっている。普段ならスマートフォンのカメラで撮影していただろうが、今日はただ目に焼き付けることにした。この景色が、新しい挑戦の始まりを告げているようだった。
ベッドに横たわり、明日からの生活を想像してみる。朝、スマートフォンではなく目覚まし時計で起きる。通勤中は本を読む。休憩時間は同僚と会話を楽しむ。帰宅後は筋トレや絵を描く。寝る前はスマートフォンではなく、本を読んで過ごす。
想像するだけで、新鮮で少し怖い。でも、この挑戦が自分を変える大きなきっかけになるかもしれない。そう信じて、私は目を閉じた。
明日から始まる30日間のデジタルデトックス。果たして、どんな発見や変化が待っているのだろうか。不安と期待が入り混じる中、私は静かに眠りについた。そして、スマートフォンのない新しい朝を迎える準備が、ようやく整ったのだった。
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