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【私の死亡記事】最期まで人を笑顔にさせたライター。

20☓☓年8月29日。沖縄県にある自宅で、天才幸せミニマム癒しライターのレイさんが息を引き取った。100歳だった。

縁側で暖かい日差しを浴びながらお茶を飲んでおり、一緒に同居していた養子が声をかけたときに亡くなっていることに気付いたとのこと。

レイさんは高校卒業後大学に進学せず、フリーターと医療事務の仕事を経て25歳にライターデビューを果たした。

20代のころは早起きを欠かさず、フルタイムの仕事をこなす傍らでライティングの勉強やnote更新、案件の応募や企画制作など努力を怠らなかったという。

応援ライターという肩書きでインタビューライターをし、その実力は「レイさんが取材したお店や人は必ず人気がでる」という噂まででたほど。

また作家としても活動し、日々更新していたnoteをまとめた処女作「しあわせに気付く力~貯幸~」が15万部のベストセラーに。

30代のころに、朝に仕事を終わらせて午後は映画を見たり遠出をしたりするという理想のライフスタイルを確立。「自分の好きなことをしつつ、しっかり社会貢献をしてガッツリお金を稼ぐ」を見事に体現した。

天才コピーライターひすいこたろうさんのものの味方に多大な影響を受け、「ぜひ一緒に仕事がしたい!」とラブレターを送り弟子入り。「多くの人の心に明かりを灯す」というひすいさんの思いを引き継いだ。

文筆業にとどまらず、地元沖縄に「本とペンとひとり時間~ふくぶっく~」というブックカフェを開く。書斎に一人で向き合う個室スタイルのカフェは、本来の自分に戻れると大盛況。読書を広める場としても多くの人から今も愛されている。

また収入の半分を児童養護施設や老人ホーム、世界の発展途上国に寄付し、自身も身寄りのない子供を育て、その人数は10人にも及んだ。

「自分はもう満たされているから、あとはみんなとシェアしたいんや」とにこやかに話した。

「レイさんのおかげで人生が変わった」
「レイさんの文章はとても温かくて癒される」
「勇気と元気をもらって生活が上手くまわりだした」
と、時空を超えて人々の心を明るく照らしている。

「最初は自分が幸せになることばかり考えていた。適職について、いっぱいお金をもらって旅行にも行ってという生活に憧れていた。でも、雨風しのげる家がある、おいしいご飯がある、私のことを大切に思い支えてくれる家族や友達がいる。そのことに少しずつ気付いて感謝するようになったら、いつのまにか、人のために何かしたいと思い始めたんや」

謙虚で勤勉で、思いやりある明るい性格で大勢の人を幸せの渦に巻き込んだレイさん。

「人のために動くと、自分も満たされていく」という思いは、未来永劫語り継がれるだろう。


ひすいこたろうさんの「あした死ぬかもよ?~人生最後の日に笑って死ねる27の質問~」に出てくる、死亡記事を書いてみました!笑
京都ライター塾のペアワークで話題にでたので、気になり実践したのです。

思った以上に長くなって、でも書くのは結構楽しかったです!何歳ごろにどんなことをやる、と書いてみることでイメージが湧きやすくなってくるのでおすすめです!

やりたいことが増えてきたころに、またやってみたいなあと思いました笑
これが実際の記事になったらうれしいなあ。

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