人を見下す人間の作り方


東京は治安が悪い。
治安が悪いところにいると心を傷つけられる。生産性の無い誹謗中傷や雑な扱いによって心が病む。
人生舐めてるような港区女子や、新宿のホームレス、足立区の日雇い労働者など。
何でわざわざこんな治安の悪い地域に住まないといけないのか。
何で人を傷つけるような人達に囲まれなきゃいけないのか。

何故皆人を傷つけるのか。
人を下に見ようとするのか。
柄が悪い人ほど人を見下す。
皆人を見下して生きてる。
見下せる人を探している。
見下して生きないと、辛すぎて生きていられないから。
自分の立場はそれほど理不尽で不満の溜まる環境だから。
不満が溜まっているから、しんどい仕事をしているから、人を見下さないと立っていられない。自分の存在意義を見いだせない。社会の歯車として、駒として利用される事への反骨や抵抗がそこにはあるのか。それとも自分のステータスをただ保ちたいだけの野生本能なのか。
少なくとも、自分の置かれた環境が不遇であることは間違いないので、この世界に対して一揆でも起こそうかという勢いだ。

この世界は、誰もがやりたくない事をやらないといけない人がいる。それは、この世の宿命なのかもしれない。しかし今の社会はそれが極端だ。まるで資本のある人が、社会的立場が低い人に対して嫌なことを押し付けているだけのように見える。

教師の仕事量が多いからと言って、やりたくない雑用を任せる仕事を作ろうとしている人のように。
人は資本を持つと、やりたくない事を人にやって貰おうとする。

資本主義社会は、まさに「誰かが楽をするため」の社会である。資本がある人が無い人を雇い、変わりに労働してもらう。お金をあげるからという大義名分をひっさげて-

人を見下す人間はどうやって生まれるか。それは、不遇な環境を幼少期から与えれば簡単に産み出せる。
要は、競争させ、人権や自分らしさを奪い、聞き従うだけの人間に育てれば良い。そうすれば、誰もが人と自分を比べ、大多数の人は自分を卑下し、人を見下さないと立っていられないようになる。

資本主義はそれに加えて、貧困という強制人格操作システムを導入しており、貧困家庭で育った子供は相違なくほとんどの人が性格が悪くなる。正しく言えば、性格が悪くなってでも生き残るためにやりたくもない仕事をやらされると言うことだ。そうしないと、幸せを感じることすら出来ないようなシステムになっている。

だから皆思う。「何のために生きているのか」ってね。「私って結局何で生きているんだろう」「この仕事を続けて、結局何になるんだろう」と。私は何がしたいんだろう?とすら、ここまで来ると思わなくなる。そして、何故生きているか分からないまま定年を迎え、タクシードライバーや惣菜コーナーや警備員としてさらに働く。

何なんだよこの世界は。僕は別に無気力になっているわけではない。今の仕事は自分にとってはありがたい環境である。ただ、回りの人間から意味もなく攻撃や見下しを受けることが多すぎる。東京は治安が悪すぎる。治安の悪さが、景気の悪さを物語っている。

平成の30年で日本人は変わり果ててしまったのか?全人口中流階級の日本はどこへ行ってしまったのか。戦後アメリカの真似をして物質主義社会にしたのが間違いだった。

だから僕は自由主義なんかじゃない。もっと社会保障を充実させるべきだと思う。アメリカの手下のような政治家が日本を壊してしまったのが問題です。

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