【異世界小説】ただの世界の住人①
ある朝、僕はめざめた。
そこはすべてがただの世界だった。
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いつものように7時半のアラームのスヌーズを何回か聞いたあと、やっとのことで、カラダを起こした。
目をしぱしぱさせながら、洗面所へ向かう。いつもなら‥
その日は、なぜか先にテレビのスイッチを入れた。
甲高い声で朝の挨拶を繰り返すお笑いタレントの声が、突然中断された。
不安を掻き立てるアラーム音とともに、ニュース速報が流れた。
「なんだ?また地震なのか?今度はどこかな?」
まだ霞んだ目で、テレビ画面の文字を追う。
—本日より、世界中のすべての紙幣、硬貨は使用不可となり、すべての価格は無料となります。それに伴い、会社、雇用主等から支払われるべく、給与、報奨等も一切なしとなります—
テロップの文字はあっという間に消え、理解するまでに至らなかった。
なんのこっちゃ?視聴者巻き込むドッキリ?ってか、夢?
まったく意味がわからないが、とりあえず、いつものように身支度をして、会社へ向かう。
アパートから駅までの間のドトールがある。いつも出勤前に、ここで朝食をとる。
さっきの速報何だったんだろう?紙幣が使えない?給料もなくなる?意味わからん‥
店内にはいると、レジ前で何人かの客が店員を攻め気味な勢いでやりとりをしていた。店員は慌てふためき、奥の店長を呼びにいった。
僕は思わず聞いてみた。
「いったいどうしたんですか?」
その客は、良くぞ聞いてくれた!といわんばがりに、早口でまくしたてた。
「いや、注文したんだけど、お金が払えないんだよ。ただです!っていわれてもさー! 意味わからないんだよ。今日、なんかのキャンペーンなの?」
ふと、さっきの速報が頭をよぎった。
「あ、僕、さっきテレビの速報で見ました。今日からお金使えないとか言ってました。もしかしてそれに関係あるのかな?」
「え?なにそれ、スマホになんか出てるかな?」
その人はあわててスマホをスクロールさせた。
「あ!確かに!お金なくなるって、みんな無料になるって書いてあるよ、どういうこと?」
その時、奥から店長らしき人がやってきた。
「‥えー、本日よりすべて無料になります。なのでお好きなものをお持ちください。飲みものはこちらで注文を受けます。」
え?本当に意味がわからない。でも、早くコーヒーが飲みたいので、とりあえず注文をした。
「Aセットひとつ、ブレンドで」
いつもと同じだ。財布をみたら小銭がたりなかったので、千円札を出す。すると店員が言った。
「こちら、無料なので大丈夫です。」
「え?ただなんですか?」
つい、口を出た質問に、自分でつっこんだ。(だから、さっきから、ただになったといってるじゃないか!)
繰り返しの質問に店員は、真面目に答えてくれる。
「はい。国の政策?みたいです。店長からも言われたので間違いないです。今ブレンドお作りしますので、こちらの番号札を持ってお待ちください。」
本当に『ただ』なんだな。なんだか釈然としない。
熱々のブレンドをテーブルに運び、ひとくちすする。なんとも不思議な気分だ。このコーヒーは『ただ』なのか‥このサンドイッチも‥『ただ』。
これが今までなら、まじラッキー!!と喜べることなんだろうが、『全部ただよ!』と言われると、本当に信じていいのか?その裏はなんなのか?あとですごい請求がくるんじゃないか?なんてやはり考えてしまうのであった。
ま、とはいえ、世界がそうなった!とテレビで言っていたんだ。とりあえず『ただ』はありがたい!そう気を取り直して、朝食を楽しむことにした。
今は何が起きてもおかしくない時代だ!なんてよく聞くけど、いったい何が起きているんだろう?
いつもと同じサンドイッチとコーヒーなのに、何が味が違うような気がした。