ニンゲンのトリセツ 第十七話
「西園寺さんって、子どもがいるらしいよ」
同僚のミキちゃんが、休憩時間に話し出した。西園寺は、サロンに化粧品やエッセンシャルオイルを卸している会社の営業担当者である。
昨年までの担当者が転勤になり、今年から担当となった。初めてきたときから、異常に馴れ馴れしく、ユミは苦手なタイプであった。
西園寺さんって独身じゃないんだ‥と心のなかで思ったが、口には出さなかった。どっちだろうと、わたしにはなんの関係もないことだ。
「相手は誰と思う?」
ミキちゃんは、どんどん話し続けた。
別にだれでもいいし、本当にどうでもいい。黙って聞いていた。
「駅前店のミズキさんだって!びっくりよね。」
わたしが働いているリラクゼーションアロマサロンは、フランチャイズであった。
ミズキさんというのは、隣の県の駅前店のオーナーであった。
たまに全体Zoomミーティングなどで、一緒になることはあった。あれ?ミズキさんは結婚していたよね? そう思ったが、また黙っていた。
「隠し子なんだって!びっくりよね!誰にも言わないでね。」
隠し子って‥一般人でも使う言葉なんだ‥ということと、まったくモテそうにない‥いや、それは失礼か‥女性に縁がないようなタイプなのに、そんなことがあるんだーという意味で、びっくりした。
そして、誰にも言わないでね。っていいながら、言ってるミキちゃんにもびっくりした。そういう意味では、びっくりレベルはかなり高い話ではあった。
西園寺さんって、女性とそんな関係になれる人だったんだ。なんか意外〜。わたしには、まったくわからないなにか魅力があるんだろうね‥とは思ったが、それ以上は興味がわかないので、休憩時間が終わったといって、立ち上がった。
今日のお客様は、初めての方だ。肩凝りと頭痛がひどいのが悩みらしい。まずは、気分をリラックスしてもらうために、ラベンダーとペパーミントをブレンドして、ディフューザーを焚いた。
いつものように、深呼吸をして、自分のリズムを整えた。気持ちよく、心地よく、楽しい雰囲気が充満するイメージを感じつつ、お客様を待った。
その頃には、ミキちゃんの話はすっかりどこかに消えていた。