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『軽く狂った感じのショートホラー本が頭に当たった!』第2話 ~膝を失ったおっさんたち~

『第2話 膝を失ったおっさんたち』


 20xx年、政府は未だに我が国の自殺率の高さに頭を悩ませていた。
 今世紀初め、厚生労働省の人口動態調査を基にした自殺者数推移の統計では、毎年3万人前後であった自殺者が、その後、右肩上がりで増え続け、数年前に6桁に達して以降、未だに衰える様子はない。
 支持率に悪影響を及ぼすことを心配した我が国の首相は、各関係省庁に徹底的な原因究明の調査を求め、国民にも広い範囲で協力を呼び掛けた。
 根気強い調査と幅広い層を対象としたアンケート結果に基づき、国土xx省によって、従来軽視されていた意外なストレス要因が明らかになった。
 同省による報告の概要は、「電車の座席で不必要に両足を広げた状態、いわゆる『大股開き』状態で座るおっさんたちに対し、女性、子供、老人、そして年齢問わず分別のある男性全般が、知らず知らずの内に日常生活で多大なストレスを感じており、この蓄積したストレスが国全体の自殺者数増加に与える影響をもはや蔑ろにできない」というものであった。

※※※※※

 上記の報告がなされた年の11月より、我が国全体で多大な予算を割き、国中のあらゆる電車、または電車と類似の構造を採用し、複数の乗客が座ることが想定される横並びの座席を有する公共交通機関(以下、地下鉄や路面電車等含め、これらの公共交通機関をあわせて「電車」という)の車輛に対し、以下の施策の準備が開始され、翌年の8月から全国的に施行された。

1.以下の電車の座席の赤で引いたラインに、目に見えない赤外線センサーを設置。

2.座席に座るおっさんが両足を大きく広げ、そのおっさんたちの汚い両膝が隣に座る乗客の膝に接触するようなリスクが生じた場合(※ 同リスクが生じた場合とは、「おっさんたちの両膝が、上記1に説明した目に見えない赤外線センサーのラインを通過した場合」と同義である)、センサー真上の天井が開き、天上に仕掛けられた超高速強力回転カッターが真下に落下し、おっさんの両膝を骨もろとも1.5秒以内に上方から切り落とす(障害を持った方や、特殊な事情により2座席以上を使用する必要がある人たちに被害を及ぼさないよう、赤外線センサーには、「デリカシーのないおっさん」か否かを瞬時に判断するための高性能AIセンサーをあわせて内蔵)。

3.膝を切り落とされたおっさんと一緒の電車に乗り合わせた周囲の乗客は、おっさんを助ける法的義務を負わない(ただし、自由意思に基づき、おっさんを助けることを禁止する趣旨ではない)。ただし、いかなる状況であれ、電車の運行管理責任者及び周囲の乗客は、おっさんたちが膝を切り落とされたという事由に起因し、電車の定刻通りの運航が妨げられるという事態を最大限避けなければならないという努力義務を負う。

4.おっさんたちは、両膝が切り落とされた時点より、かかる両膝に対する所有権を放棄したものとみなされ、同時点以降、それらの両膝の所有権は国に移転したものとみなされる。

5.同施策の実行年度より5年間はトライアル期間とし、上記2に基づき両膝を切り落とされたおっさんたちの医療費は、国が全面的に保障する。但し、(おっさんたちの逸失利益含む)おっさんたちのそれ以外のあらゆる直接的且つ間接的損失、またはおっさんたちが両膝を切り落とされたことに起因するあらゆる第三者の直接的且つ間接的損失について、政府は一切の責任を免除されるものとする。

以上。
(20xx年「xx省 電車内おっさん両膝切断実施法 施行ガイドラインより抜粋」)

※※※※※

 上記施策が施行されてから数年間、全国の電車内において、毎日のようにおっさんたちの「うぉわ~!」、「ぎゃぁ~!」、「うがが~!」、「ひっ、ひぇえええ~」、「おぉ~、おぉ~、おぉ~、うぁ~、痛ぇ~、誰かぁ~、助けてくれ~、医者読んでくれぇ~」などという、おぞましい叫び声が車内に響き渡り、負けじと車内に響く乗客たちの悲鳴がそれに続くという光景が繰り返された。
 加えて、車内には真っ赤な血しぶきが床一面、そして乗客の衣服、カバンなどに飛び散り、切り落とされたおっさんたちの両膝が床に転がるという地獄絵図が、連日連夜繰り広げられた。
 いつしか、国民の大部分は、常に衣服や持ち物に血しぶきが付着しているのが当然の状態となり、それを何ら異常なことと思わなくなった。
 昔を良く知る世代からは「かつて、国民全体がマスクをしていた時期があったが、全身に血しぶきを浴びた国民が歩き回る姿は、まるでその時代を思い起こさせる」といった声も聞こえるようになったが、新しい世代には上手く伝わらなかったようである。
 ラグジュアリーブランドが、「血しぶきが目立たない」衣服、小物、アクセサリーなどをこぞって開発・販売するようになったのも、実はこの頃が始まりだったと言われている。
 そして、我が国は、両膝を失った大量のおっさんたちで溢れ返り、諸外国からは、「膝なしのおっさんたちの国(kneeless dirty men's country)」などと揶揄され、同時にその常軌を逸した施策が恐れられて、一時期はマナーの悪そうな外国人旅行客がぱたりと我が国に来なくなった時期もあった。

 ーー施行から8年後。

 現在はどうであろう?
 皆さん、ご存知のとおり、両膝を失ったおっさんたちは、自分たちの傲慢さを深く後悔し、周囲に優しく接することとなり、我が国は諸外国からも「類まれな優しさを持った国(one of the gentlest countries with those kneeless dirty men)」との称号を得ることとなった。
 我々が、現在の自殺率が今世紀以前の水準にまで戻ったという事実を思い起こすとき、上記の施策が果たした役割は看過できないものであろう。
 しかしながら、これも皆さんご存知のとおり、未だに毎日どこかの電車では、昔ながらのカオスな状況が繰り返され、おっさんたちの両膝が、どこかの車内の床に転がっていることを決して忘れてはならない。
 このことについては、いつも世界のどこかで戦争が起こっていることと同様、完全なる解決は不可能であると考えられている。
 我が国の将来に明るい期待を持つことができる1つの情報について、補足する。
 政府は昨年より、「切り落とされたおっさんたちの両膝」をどうにかして有効活用(再利用)できないものかと検討を始めている。
 夢のある再利用方法の1つとして、世界的に「プロテイン・クライシス(protein crisis)」が危惧される中、おっさんたちの両膝を食用に加工する案が浮上しているようである。
 同案に実行可能性が見えてきた場合、各国の輸出入規制をクリアすることにより、おっさんたちの両膝加工食品の輸出が「両膝を失ったおっさんたちを原因とする我が国の経済力低下」をいくぶんでも回復するための我が国の主要ビジネスの1つとなることを願ってやまない……。

 あっ、最後にそこのアナタ!
 いいモノをお見せしようか?
 ホラ、この箱の中に入っているモノ、何か分かるかね?
 BINGO!
 そう!
 私の「両膝」である!
 時代を先取りして、少し摘まんではみないかね?
 え? お腹がいっぱい?
 塩でカリッと揚げてきたから、ひと欠片くらい試してみんかね?
 ……そうか。
 では、お隣のアナタ……。

(第2話 完)

※※※※※

 第2話が終わった。
 立希(たつき)は、軽い吐き気を覚えた。
 オレは夜な夜な、いったい何の話を読まされているんだ?
 おっさんたちの汚い両膝を食べるだと?
 これを書いた奴は正気とは思えない……いわば、軽く……。
 立希は、軽い眩暈を感じながら、ページをめくった。
 半ば予想したことではあるが……左のページには、またもや『アヒル口の麗子』のイラストが描かれ、その目はやはり真っ直ぐに立希を見つめていた。
 右のページには、今回も『アヒル口の麗子』の短い語りが記載されている。
「アラ? あなた、なかなか頑固ね。私がこんなにアドバイスしているのに。その公園……大丈夫かしら? 何となく、場所を移動した方がよいような気もするけど……。あっ! それと、もうすぐ降るわよ。いったん家に帰った方がいいんじゃないかしら。歩いて10分くらいでしょ? まあ、暫くは小雨だから、最後の話だけ読んじゃってもいいかもしれないけど……。まあ、ここまで来たら、私が何を言っても、読み終えるつもりなんでしょうね、この本。さっきと同じこと言うようだけど……せいぜい気を付けてね。フフフフフ」
 立希は、あまりにも気味が悪く、一瞬、本当に頭がクラクラした。
 『アヒル口の麗子』の言うとおり、立希の家は、その公園から歩いて約10分の距離にあった。
 この本……オレを監視している?!
 ……いやいや、そんな馬鹿げたこと有るわけないじゃないか!
 でも……、小雨? 
 それはどうやら外れたようだな。
 今朝、天気予報を見たけど、確か降水確率は0%だったと思う。
 気味の悪い話を立て続けに読んだせいで、きっと自分の頭も軽く……ん?これって……まるで、この本の冒頭に書いてあった警告みたいじゃないか?!
 何だか気味の悪い本だけど、次で最終話らしいから、これだけ読んで、この本は帰りに公園のゴミ箱に捨てていこう。
 

そのとき?!


 ポツポツと雨が降り始めた。
 立希は、ソワソワした気持ちになったが、なぜかページをめくる自分の指を止めることができなかった。
 次のページには、第3話のタイトルが書かれていた。

『第3話 🤷🤷‍♀️🤷‍♂️←この人たちの恐怖』

(つづく)


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