性行為を科学する1 〜研究者はSEXを舐めてきた~
『先生、僕ってSEXしてもいいんですか!?』
ある日、男は病に倒れ、入院した。
病名は「急性心筋梗塞」。
特に荒れた生活をしていたわけではなかった。
むしろ健康には気を遣っていると自負していた。
しかし、突如として病は彼を襲った。
この世は常に不条理である。
彼には家族への愛、仕事への情熱があった。
その気持ちを胸に、彼は病をを乗り越た。
だが彼には、ずっと心の内に引っかかっるものがあった。
退院の日、医師は彼に言った。
「ご苦労様でした。よくがんばりましたね。
しばらく、激しい運動は控えてくださいね。
では、お大事に。」
男は聞き返さずにはいられなかった。
「先生、ちょっと待ってください!
『激しい運動を控えろ』とおっしゃいましたよね?』
『先生!僕ってSEXしてもいいんですか!?
SEXしても死にませんか!?」
SEXは○METs!?
前段の文章は、もちろんすべて作り話である。
茶番に付き合わせてすいません。
でも、
もし自分がこの状況になったとしたら…
と想像してみてほしい。
どうだろう、もちろん人によるとは思うが、
かなり深刻な問題なのではないだろうか?
そこで、本記事では
「性行為(SEX)の体への負荷」についての論文、研究をレビューしていきたい。
(私は一応、医療従事者の端くれである。
今回は私の経験則も踏まえて書いていく。)
運動はMETs
SEXの身体負荷について話す前に、
METs(メッツ)という前提知識を共有しておく必要がある。
METsとは、主に医療分野おいて、運動の負荷や強度を示す値として使われる単位である。
身体活動の負荷が安静時の何倍に相当するかで表している。
つまり、
座って安静にしている状態を1METsとし、
その何倍の酸素を必要とする運動なのか?
という指標である。
例えば、
『ゆっくり歩く』=2METs
であれば、おおよそ安静時の2倍の酸素を必要とする活動、
ということになる。
そこで気になってくるのが、
「SEXは何METsなのか」という疑問である。
ここからは、科学的、医学的な知見から、真摯な態度でこの疑問に答えていく。
2008年のSEXはマグロ
国立健康・栄養研究所が各種の運動におけるMETsを整理した表を公開している。
この資料には、スポーツのような運動から、日常生活、職務活動など様々な範囲の活動におけるMETsが網羅されている。
当然ながら日常生活の一部である性行為(SEX)についても記載されている。
それがこちら
『一般的なSEX』が1.3METs…
『激しいSEX』が1.5METs…
先述した通り、私は本職でMETsを扱っている。
そんな一個人の専門職として、正直な感想を述べたい。
おいおい、性行為ナメんなよ。
マグロかよ。
口汚くなってしまい申し訳ない。
しかし、思わず取り乱してしまうほど強烈な違和感がある。
METsに馴染みのない人には、この違和感が伝わりにくいかもしれない。
1.5METs、つまり
「安静に座っている時の1.5倍の酸素摂取量」
と言われてもピンとこないだろう。
そこで、同資料から1.5METsの活動をいくつか紹介しよう。
『裁縫』
『子供の寝かしつけ』
『タイピング』
これらが
『激しいSEX』と同等の運動とは、とても思えない。
これにはMETsに馴染みのない人でも違和感を感じるのではないだろうか。
この研究をした人は、一体普段どんなSEXをしているんだ?SEXなめてんのか?
2012年のSEXはマンネリ
しかし!
この『身体活動のメッツ(METs)表』は2012年に改訂されている。
医療は日進月歩で進歩を遂げている。
常に最新の知見をキャッチアップしなければいけない。
さすがにSEXのMETsも上方修正されているだろう。
でなければ改訂した意味がない。
この資料において改訂された、SEXのMETsがこちら
『ほどほどの労力のSEX』で1.8METs…
『積極的なSEX』で2.8METs…
改訂によって、
『積極的なSEX』は
1.5METs → 2.8METsへ修正された。
さらに、表現上もやや変更がみられる。
英語表記は
『sexual activity(性活動)』
『active,vigorous effort(精力的な努力)』と変わりないが、
日本語表記は
『激しいSEX』→『積極的なSEX』へと、
表現もややマイルドになっている。
しかしながら、私の率直な感想を述べたい。
結構マンネリSEXだなぁ。
倦怠期なのか?
またしてもいらぬ邪推をしてしまう。
しかしそれほどに、まだ違和感が残る改訂だ。
先ほど同様に、同資料内で2.8METsの活動を挙げてみよう。
『ミシンを使った裁縫』
『楽に子どもと遊ぶ』
『ゆっくりと歩く』
これらが『積極的なSEX』と同等の運動だと言われて、納得できる人はどれだけいるだろうか。
2.8METsのSEXとは、せいぜい
『倦怠期にお互いの義務感と慣習だけで成立している、愛のないマンネリSEX』
くらいが妥当な感覚じゃなかろうか。
『積極的なSEX』と聞いて想起されるイメージとはかけ離れている。
この研究はまたまだSEXを舐めている。
納得いかないので掘り下げる
先述のMETsにどうしても納得がいかない。
資料を掘り下げることにしよう。
SEXにおけるMETsはどのようにして決められたのか?
これを確認する必要がある。
紹介したMETs表が出典として開示している論文がある。
こちらを見ていこう。
“2011 Compendium of Physical Activities A Second Update of Codes and MET Values”
METsの決定方法についての記載を一部引用する。
要するに、
運動強度の研究をデータベースから検索
↓
複数あった場合は平均値を採用
↓
研究がない場合は類似した活動から推定
という感じだ。
きちんと方法が明示されている。
素人目だが、方法論も正当なものにみえる。
さすがに博士号を持っている人の論文である。
そもそもこれだけの数のMETsを調査する努力は並大抵ではない。
マグロだ、マンネリだ、と貶してしまって、なんだか申し訳ない気持ちになってきた。
なんか、すいませんでした。
さらにこの著者はこの論文に関するWebサイトも公開している。
サイト内では各運動のMETsを検索できる。
素晴らしい工夫である。
そして、そのWebサイトには、2024年の改訂版が存在していた!
これはまだ翻訳されておらず、日本では流通していない。
(2024年9月現在)
そのためMETs表を日本語で検索しても2012年版までしか見つからなかったのである。
2024年のSEXは燃えている
では、その最新版METs表の原著をみていこう。
“2024 Adult Compendium of Physical Activities: A third update of the energy costs of human activities”
この中でのSEXはこのように表記されている。
『積極的かつ精力的なSEX』で5.8METs!!
これは!!
なんかいい感じだぞ!!
かなり直感と合致してきた印象を持つ。
マグロでもなく、マンネリでもなく、
いい感じに燃えているのではなかろうか。
同資料で5.8METsの活動は以下のようなものがある。
『自転車』
『下り坂を走る』
『ロッククライミング』
『ボクシング』
『水泳(自由形)』
なんか大体そんなくらいじゃなかろうか、という気がしてくる。
ボクシングもロッククライミングもやったことないけれど。
でも、なんか『積極的かつ精力的なSEX』と同等だと言っていいような気がする。
「いや、もっといけるだろう!!」
という情熱的な人もいるだろう。
異論は甘んじて受け入れよう。
これからもその調子でがんばってほしい。
まとめ
今回のMETs表は、1993年に最初の論文発表に端を発している。
それから2024年までの31年間で3回の改訂を重ねてきた。
その陰には、研究者たちの絶え間ない努力が垣間見える。
その中でもSEXのMETsはかなり大幅に修正されている。
論文サイト内にはMETsの変化をまとめた表も公開されている。
(やはり仕事が丁寧である。
イチャモンつけて重ね重ね申し訳ない。)
その表からMETsの上昇率が高いTop5をグラフにしてみた。
『精力的SEX』は2000年版から2度の改定において、上方修正を続けている。
最新版のMETs表論文では、項目は1099個に上る。
その中でも、ここまで上昇修正されている活動は稀有である。
医学における性行為の捉え方が見直されてきているといっていいだろう。
まさに、SEXのパラダイムシフトである。
今後もSEX研究の動向から目が離せない。
補足①
METsの変化をまとめた表はPDFであり、私が勝手にExcel化したものがこちら。
自己責任の範囲でご自由にお使いください。
補足②
論文サイトでは、Reference Lists(参照リスト)という項目がcoming soon(近日公開)となっていた。公開が待ち遠しい。
補足③
また、冒頭の作り話について補足をしておくと、
心筋梗塞後から数か月以内のSEX再開は予後向上に寄与するという研究があったり、
心臓突然死のうち、性行為が関連していたのは0.2%とごくわずかであることを報告している研究がある。
彼のような状況になったとしても、SEXをあまり恐れすぎないでいいんじゃないだろうか。
(もちろん、医師の承諾を得ることがベストです。)
補足④
調査しているうち、
”性交渉の身体的要求とは何か?システマティックレビュー”
という、これまた興味深い論文をみつけてしまった。
今回は長くなってしまったので、また別記事にしたいと思う。
以上!
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