カルト宗教二世のつれづれ
Q.どうしていきなり記事を書こうと思ったの?
A.今不安でいっぱいだからそれをぶつけるためだよ。
そんな感じの見切り発車なのでまとまりがない。ごめんね。
あと、タイトルでは濁したが、この記事では私の母がハマっているカルト宗教をORと呼ぶことにする。もうこれだけでわかる人はわかると思う。そのまんまだよ。
最近のORの動き
なんか、内部分裂してるっぽい!
アホで申し訳ないが、それくらいしかわからない。今までなるべくORの情報をシャットアウトして生きてきたから。
まあ、映画に連れていかれたり施設に連れていかれたりお祈りに付き合わされたり母から又聞きで教えを受けたりしているので、普通の人の何倍もORについて知識があることはある。悲しいね。
母について
母は私が生まれる前からORの信者である。昨年大事件があって、一時期はいつ彼女が荒れ狂うのか戦々恐々としていたが、少し施設に連れていかれる回数が増えたくらいで収まった。むしろそれ以外は、とっても穏やか(そうに見えた)で問題なく日常生活を送っていた。私は、「なあんだ、大したことないじゃんね!」と安心した。修羅育ちなので、多少波風が増えた程度では正直変わらないのだ。
しかし、ここ数か月で、なんか、雲行きが怪しくなってきた。母が最寄りの施設と距離を取り始めた。そして、大事件以降よく見ていたU氏のようつべチャンネルにどっぷりになり、勉強会とやらに参加し、私に自慢げに勉強したことや感想を教えてくれるようになった。
私自身に関して言えば、やはり変わらない。母の妄言としか思えない話は聞き流せばよいので、施設に連れていかれなくなった分、平和になったまである。
でも、なんか、嫌な予感がする。
私は、母がORを信じる分には好きにすればよいと思っている。母の人生において救いが必要であったこともわかるし、母にとってのORは私のとってのオタク趣味であることもわかる。多少火の粉がふりかかるのはもう諦めている。母であろうと所詮他人。他人を変えることはできない。
話がそれたが、要は母にとってORは精神の支柱であり、それが全てと言っても過言ではない。なんだかんだ、カルト宗教というのは、社会からあぶれた人たちが寄り集まるコミュニティという側面もある。母は孤独な人だ。友人も見たことないし、きょうだいもいない。職場で仲のいい人も聞いたことがない。でも、ORの施設にいけば、話を聞いてくれる人たちがいる。居場所がある。受け入れてくれる。だから私は、母のOR信仰について否定するのをやめた(思春期のころとかは…まあ…)。
そんな場所から距離を置いて、本当に母は大丈夫なのだろうか。心配である。恨みつらみはたくさんあれど、やっぱり母だから、情はある。
U氏主催の勉強会は、ZOOMで行われている。施設に行かなくなったから、私や職場以外と接する機会は、母にとってその画面越しのものしかない。どう考えてもやばい気がする。
今後どうしよう
縁を切ってしまえばいいのかもしれない。でもそれは日本で難しい。あと、単純に母への情を捨てきれない。
それなら、ORとよりを戻すように訴えるか。しかし、ここまでつらつらと語っておいてなんだが、今のORに母を戻すのもそれはそれで碌な目に合わない気がする。
あれ、…これは、詰み?
こんなどうしようもない独り言記事を、最後まで読んでくれてありがとう。また気が向いたら筆をとります。