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1000文字小説(94)・呪われた怪談師(こわくないホラー)
「あの女だ」
ミチヤは顔をしかめた。
女が、不自然な格好で床を這ってくる。
なぜだか遠く離れていてもわかった。
女は、人間ではない形に体が歪んでしまっている。
ミチヤは、女を見ないように話し続ける。
――怖い話は、出だしが肝心。客の心をがっちり掴むのだ。
ミチヤは、怪談師をしている。
怪談を収集して客席で語って聞かせるのだ。
今は怪談師がちょっとしたブーム。才能あるスターの卵がぞろぞろいる。
今日は「最恐トーナメント」の決勝。
俺は天才だ。
だが自信の割には、最後には必ず負けてしまった。
高い評価を受けて、決勝まで残るが負ける。
理由は不明だ。
勝ちたかった。
だから、この日は“とっておきの話”を選んだ。
それが、この「赤ん坊の骨」という話だ。
霊能者から聞いた禁断の話である。
人前で語るのは控えた方がいい、とも
(だが、この話は傑作だ。優勝するには、この「赤ん坊の骨」しかない)
あんな女に怯えていたら、とても優勝などできない。
初めに女が現れたのは夜の公園だ。
それから決まって「赤ん坊の骨」を練習していると、女は必ず現れるようになった。
この世のものではなかった。
頭部が割れて血塗れだった。
女は誰なのか。
「赤ん坊」の母親なのか。
何かの呪いだろうか。
女は練習の度に近づいてくるようだった。
(だが)
まさか決勝戦の会場に現れるとは思わなかった。
ぬるり
観客席の間を、あの女が這ってくる。
ずるずると軟体動物のように、ホールの階段を這ってくる。
声を震わせながらも「赤ん坊の骨」を話し続ける。
歪む唇。
口が上手く回らない。練習が台無しだった。
怖いよ
迫り来る女と視線を合わせないようにして、話し続ける。
ついにステージの縁に女の指がかかる。
殺される
「ひっ」
ミチヤは声を上げそうになった。
クライマックス。
ミチヤが話し終えるのと、目を瞑るのは同時だった。
会場は静まりかえっていた。
(負けたか)
ミチヤは目を開けた。
観客や審査員は、ミチヤが披露した話を聞いて震えあがっている。
結果は、優勝。
その夜、女が夢に出てきた。
Vサインを出している。
「私は生前、怪談マニア。去年もトーナメント、見に行った。アナタの怪談、プロットは良いんだけど表情や声が単調。だから最後に負ける。それで語り口にリアリティを持たせる為に、アンタを怖がらせてあげたの♡」