見出し画像

怖い話/深入りするな(怪談女子の恐怖)

『深入りするな』
 これは、タクトの忠告だった。
 
 確かに、奇妙なことが続いているようだ。
 
 ラップ音、聞こえるはずのない声、視界の端に見える人影。
 
 これらは、ミナコが“夜の取材”をする時、決まって起こるようだった。
 
「大丈夫」
 ミナコは、改札に向かって歩き始める。
 
 夜の取材。 
 ここは高島平団地。
 飛び降り自殺の名所。
 終電になるのを見計らって、ここまでやってきた。 
 
  ミナコは、不登校女子。
 さらにいえば、怪談女子。

 カナの家に集まって怪談会。
 この怪談会に、怪談師・タクトが参加するようになって状況が変わり始めた。

「ミナコさんが、一番、才能があるかも」
 タクト。

「怪談師になれ」
 女子たちからも冷やかされる。
 
 今日も、怪談会を終えたばかりだ。

 次の怪談会のネタを仕込むためにやってきた。 
 
 団地に向かって歩いているミナコ。
 さすがだ。
 自殺の名所の雰囲気。

 どこか、おかしい。
 マンションの外廊下に、転落防止の柵がびっしりと設置されている。
 牢獄のようだ。

 敷地に入る時、躊躇する。

『深入りするな』 
 タクトの忠告。

(大丈夫よ)
 ミナコは構わず敷地に入っていく。
 
 奇妙なことに気付いた。

 新高島平駅の正面にあるマンションは、鉄柵が設置されているのだが、その隣の茶色っぽいマンションには、鉄柵が皆無。
 
 建物が新しくて、まだ自殺者が出ていないのだろうか?
 
 あの茶色の建物には登っちゃダメだ。
 命の保証がない。 
 
 牢屋のような古い方のマンションを散策することにした。極力、音を立てないようにデジカメで写真を撮っていく。

「エレベーターは屋上まで行けない」
 さすがに閉鎖されている。

 最上階から階段を使う。写真を撮りながら降りていく。

 鉄柵があるから平気だ。
 身を乗り出して、ガンガン写真を撮る。

 怪談のアイディアが生まれそう。 

 その時
「バカ、危ない」
 後ろから腕を掴まれた。 
 タクトだった。

「邪魔しないで。怪談会の取材してるの」

「今、女が、後ろからミナコさんを突き落とそうとしていたぞ」

「女?」
 廊下には誰もいない。

「だって、鉄柵があるから落ちようがないじゃないの」

「寝ぼけるな。鉄柵なんてない」

 本当だった。柵はなかった。
 目下に深い闇がどこまでも広がっている。 
 
 信じられなかった。
 いつの間にか、鉄柵のない茶色の棟に登っていたらしい。

「言っただろ。“深入りするな”って」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?