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1000文字小説(121)・仁義なき闘い⇔反グレ(ハードボイルド)

「絶対に、殺してやる!」

若者は言った。

ここは、新宿・歌舞伎町にあるアジト。

そいつは、俺たちの中でも、最も若く血気盛んだ。

スカーフェイス。
頬に、刃物で切ったような傷跡がケロイドとなっている。
体も、傷だらけ。

若い衆の中でも、喧嘩が最も好きなのだ。

とはいえ、凶器は使わない。
どんなに、体の大きな相手でも、素手で挑みかかっていく。

勇敢だ。
それだけは、認めたっていい。

俺たちは、そいつを「トビウオ」と読んでいる。

本名は知らない。
ここでは、誰も本名など、語りたがらない。

誰もが、すねに傷。
後ろ暗い過去がある。
今更だけれど。

トビウオ。
コイツは、実家が、魚屋なのだという。

魚屋の倅が、随分とぐれたものだ。

「トビウオ、抑えとけよ。また、女がらみで血まみれになるのは、まっぴらだからさ」

そう。
先週の喧嘩では、グループ同士で揉めた。

トビウオが、ボコボコにされていたところを、俺たちが助っ人に入ったって訳。

その時が、トビウオと初対面。

家を飛び出してきたばかりで、他のグループと喧嘩をおっぱじめたらしい。

俺たちが、トビウオを助けたのは、他でもない。
相手のグループが、俺たちの宿敵だったからだ。

黙って、いられなかった、

歌舞伎町の裏通り。
ちょうど、同じ場所。

遺恨丸出しの、激しい応酬となった。

トビウオは、右頬だけだった傷が、左耳の下側にまで広がっている。

「あんなのになめられて、腹が立たないのか?」
トビウオは聞いてくる。

「そりゃあ、腹立つけどさ」
俺は、ボスの方を眺めた。
ボスの方から、何か忠告して欲しい。

抑えの効かない、チンピラ。
こいつを仲間に入れたのは失敗だったか……

「おい。待てよ。俺は、やっと自由を手に入れて……」
文句を言うトビウオ。
破門されると、怯えている。

「まあ、よい」
髭を撫でながら欠伸をするボス。
「若気の至りという言葉もある。勇気をもって家から飛び出してきたんだ。外で、風来坊の生活をするかは、自分で決めた方がいい」

この時、
『逃げろ』
ボスが俺にジェスチャーで伝えてくる。

誰かが来たらしい。

大きな声がした。
人間の男の声だ。

「おい、タマやい。探したぞ。ごはんだぞ。一週間も、家を留守にするから、心配していたぞ」

魚屋の主人だった。
行方不明だった、飼い猫・タマを探しに来たのだ。

「また、顔に傷が増えたな。どこぞの猫と喧嘩したんだ?」
主人は、タマこと"トビウオ”を抱き上げると、日が落ちつつある歌舞伎町の裏路地を帰って行った。

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