【小説】#老バーテンダーのカクテル(ショートショート)

「超ヤバいよ」
ギタリスト・ヤナセが、右手に包帯を巻いている。

「また喧嘩したの」
ムトウが問う。
二人は、『ヤナセ&ムトウ』というユニットを組んでいる。
結成10年。二人とも、来年は30歳を迎える。

そろそろ、売れたい。

「酒の勢いで、喧嘩してしまったらしいんだ。全く、覚えていないんだけど」
「明日の対バンライブどうするんだ?」
「キャンセルだな。手が動かないから」
「バカ。ご法度だろ。もう呼ばれなくなるぞ」

ヤナセは、酒狂い。
今までにも、酒によるトラブルで、チャンスが台無しになったこと数え切れない。

(参ったな)
ムトウは、新宿の老舗で、バーテンをしている。店長の老バーテンとも仲が良い。
――老バーテンに相談する。

「店長。相方が、酒で人生を棒に振りそうなんです。何か、良い対策はないでしょうか?」
「マンツーマンで、アルコール対策をしてやったら」
「ムダでした。一度、全てノンアルコール飲料に変えようとしたのですが……」
ムトウが首を振る。

「バンド、結成10年なんだよね」
老バーテン。
「そうです」
「今度、ヤナセ君をお店に連れてきな。特別製のカクテルを入れてあげよう。英国人のバーテンダーに倣ったレシピだ」
「お金ないな」
「結成10年の記念パーティーをしよう。だから全額、無料で良い。その代わり、ここで君らが演奏をしてくれ。客も、ちょっとした知り合いを呼ぶから心配しなくてよい」

――当日。店長は、記念パーティーに財閥関係者やセレブ、著名な音楽製作会社のプロデューサーらを招待していた。

「The Gigiというカクテルだ」
店長が微笑む。
「マジっすか。高そう」
ヤナセが驚いている。 
「本国で飲んだら約115万円。セレモニーに出席した歌手のグレイス・ジョーンズに捧げたられたカクテルだ」
「音楽に由来する酒ですか」
「そうだ。レシピは、クリスタル・ヴィンテージ・シャンパン(1990年)、サマランス・ヴィンテージ・アルマニャック(1888年)、アンゴスチュラ・ビターズ、砂糖……」
老バーテンは、長々と説明を続けた。仕上げに、金箔を振りかけている。

「うめええ」
ヤナセは、すぐに飲み干してしまう。
そのまま、ユニットのパフォーマンスを行うことになった。

数日後
「有名プロデューサーから連絡だよ。遂にメジャーデビューだ。カクテル『The Gigi』の勢いで演奏したわけだが、今までで最高の結果となった……」
ヤナセが興奮している。

良い酒には、福来る


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