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1000文字小説(122)・居場所を見つけて⇔少年レスラー(ポジティブ)

「僕は自殺する」

決心は固い。
都営バスで新宿駅へ向かう。

どこで死のうか。

とにかく、最後はニュースになりそうな死に方がしたい。
今日まで、日の当たらなかった僕の人生。

辛かった。
生まれてから、今日まで毎年が厄年だった。

楽しそうな学生たち。

一度でいいから、あんな経験してみたかった。

バスが、伊勢丹に到着する。

新宿で最も高いデパートの屋上から飛び降りたらどうだろう。

打ち上げ花火のように死ぬのだ。

そのくらい、罰は当たらない。

スーツを着て歩くサラリーマンたちは全員、喪服姿にしか見えない。

歌舞伎町に向かっている。

その時、
「ボン」と誰かがぶつかってきた。

文句を言おうとしたが、僕は、そいつを追跡することにした。

理由は一つ。
その少年の横顔が僕そっくりだったからだ。

新宿フェイス。
そいつは、そのビルに入っていた。

ここで死のうか。
僕は死ぬことをまだ考えている。

少年の後を追う。
五階か。

プロレスのポスターが張ってある。
閑散とした会場。
並んでいるのは熱心なマニアしかいない。

会場の前で眺めていると、驚いた。

プロレスのコスチュームに着替えたそいつの姿が見えたからだ。

そいつはレスラーらしい。

僕は、千円札数枚と引き換えにチケットを購入。

試合を観戦することにした。

死ぬ前に、プロレスを見るなんて、思ってもみなかったことだ。

試合のポスター。
驚く。

僕に似た少年は、看板選手だ。
マイナー団体とはいえ、たいしたものだ。

ぱらぱらとした拍手。

試合が、始まってからさらに驚愕する。

少年は出ずっぱりなのだ。

タッグマッチ。
シングル。
タイトル戦まで。

少年レスラーは、最初から最後まで、ニコニコと楽しそうに笑っている。

試合後、サイン会場へ向かった。

どうしても、その少年と話をしてみたかった。

少年が、歌舞伎町の入り口で、自分にぶつかってきた理由についても。

サインを貰う。
「一人で、団体を仕切っているのかい?」
僕は聞いた。

「ああ。そうさ」
「キツくないのか、出ずっぱりで」

「いや、ここが僕の居場所だから。他に居場所はないから」

多くは語らなかったが、少年を絶望の底から救い出してくれたのが、プロレスだったと説明する。

「君もさ、どこでもいい。自分だけの居場所を見つけて。そしたら生きる勇気が沸いてくるから。もう死にたいなんて絶対に思わなくなるから」
微笑む少年。

居場所を見つけて。

自殺は辞めた。
僕の“居場所”は、しばらく薄暗いプロレス会場の立ち見席となりそうだった。

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