【小説】#死の臭い⇔花の匂い(ショートショート)
「またしても、ニューワークだ」
タケヒサが、新しく始めるのは、マンションの管理人である。
今時の洒落たデザイナーズマンション。
テレワーク族と、ワーケーション族で盛況。
研修期間は、一カ月。
前任者は、80歳を超えた老人・センダ。
センダは、ガン検診で異常が見つかった。
大事を取って、大きな病院のある故郷に戻る。
トラブルの匂い。
「俺は、若い女性を好んで住まわせているんだ」
センダが耳打ちしてくる。
「ここは、清潔な若い女性に好まれる物件なんだ。それは、建物ができた時から、ずっと一緒。モデルのような若い女性が住むから、また若い女性が集まってくる」
センダは作業服を着ている。
ここの管理人は、文字通り、ダクト修理など雑務も全てこなす。
だが、慣れると、常に一人なので気楽である。
「若い女性は、何パーセントくらいなのですか」
タケヒサが問う。
センダの話は、ウソ寒い。
「これ見てみろ」
マンションの見取り図を広げている。
30部屋がある。
ほとんどの部屋が、20代の女性だという。
「今は、満室」
「満室」
「だが、すぐに野郎一人、逃げ出してくるはずだ」
「なぜです?」
「そいつは、40代の中年男性だから。ここにいる資格がないから。そのことに気づいて、大急ぎで帰り支度を始めるはずだ」
「今日は、この花にしよう」
センダが、マンションのロビーに花を飾っている。
真っ赤なバラだ。
「いい匂いですね」
「だろ。若い女性が住み続けるのは、手入れを欠かすことのないこの花のおかげ」
「僕も、ここに花を飾るのですね」
「当然だ」
センダが笑った。
本当に、バラは良い香りだ。
この香りをダクトが吸い込む。そして、マンション中に香りを行き渡らせている。
その時、
「うわああああ」
叫び声が聞こえた。
男が青い顔をして、荷物をまとめて、マンションを出ていった。
「あの方は?」
「ああ。あれが、さっき言ってた、中年男だよ。出て行ってくれて、ようやく、すっきりした」
センダの予想が当たったらしい。
男は、あっという間に、見えなくなった。
「よくわからない。説明してください。なぜ、あの男性は、千田さんの予言通り、出ていったのでしょう?」
「簡単だ」
「簡単?」
「気に食わない奴が、部屋を借りそうになると」
センダが、作業服姿で話し続ける。
「ダクトの途中に、ネズミの死体を置く。酷い死臭のせいで部屋にいられなくなる……」