1000文字小説(64)・針金のような女(奇妙な話/怖くない話)

「おい。あの子、乗せてやろうぜ」
 俺は、助手席の保坂に言った。
 道路の脇を、こちらに背を向けて、登山にいくような格好の女が歩いている。

 ヒッチハイカーなのか。
 すらりとしたモデル――というより、針金みたいだ。

「パリコレのモデルみたいに痩せているよ。腹に寄生虫、飼っているよ、きっと」
「乗せてあげて」
 保坂が同意する。
 
 運転手は俺。
 今日は早朝に東京を出て、山梨県の薄暗い自然の中を走り続けている。
 車は保坂のスポーツクーペ。
 レクサスLC500――女の子とデートする為に作られたような車だ。
 
 今日は保坂の提案で、俺がドライバーを務めている。

 前から“一度、レクサスを運転させろ”と言っていた。
 それで今日のドライブが実現した。
 だが、いくらなんでも男二人きりのドライブは飽きがくる。

 保坂は女好きだった。
 学生時代からナンパばかりしていたが、外資系の保険会社に勤め始めてからも変わらなかった。
 優秀な男だが、
「取引先の女性の電話番号を聞くのは、礼儀だよ」というのが口癖。

 だが、どうにも保坂は最近、元気がない。理由は不明だが、今月の営業成績もパッとしないらしい。
 俺が、そのヒッチハイカーらしき女を乗せようと提案したのは、保坂を元気づける為だった。

「すみません」
 女が後部座席に乗り込んでくる。
 女は無言だが、保坂は特に気にする様子もなく、外の景色を眺めている。これは珍しかった。

 GPSを確認する。
 山梨県富士河口湖町・鳴沢村――車は“樹海”と呼ばれる地域に入っている。
(気味が悪いな)
 アクセルを強く踏んで、車を加速させる。

 その時
「とめてください」女の声がした。
「嘘」
「嘘じゃない」
 女のテコでも動かないという口調に、車を止めざるを得ない。 
 
 女は車を降りて、樹海の入り口で誰かを待っている。

「さすがに、マズいだろ」
 俺は、女に声を掛けようとしていた。

「大丈夫。知ってる子だから」
 保坂が止めてくる。
「知っているって」
「そうだ。営業先で知り合った子。今朝、彼女から樹海に行くってLINEが来たんだ」
 保坂がスマホを見せてくる。

「二人で会社の金を使い込んだんだ。止めるな」
 これが近頃、保坂が元気がなかった理由らしい。

「このレクサスは処分してくれ。今日は最後のチャンスなので、お前に運転させたんだ。感謝しろ」
 保坂の表情は逆光でわからない。

 保坂と女は真っ暗な森の奥へと消えていった。
 
 

 

いいなと思ったら応援しよう!