【小説】#吾輩はヒグマである(ショートショート)

吾輩はヒグマである。
名前はまだない。
北海道のある町。

最近は、静かな山に人間どもが入植してきて、はた迷惑な話だ。
アイヌ民族ではない。
和人だ。吾輩に対する尊敬の念も感じられない。

あれでは、吾輩の「餌」にしかならない。

吾輩は、開拓集落へ向かった。
トウキビの良い匂いがする。
トウキビを喰った。人は襲わなかった。

一度、マタギ2人に襲撃された。掠り傷程度ですんだ。
バカな人間どもは、吾輩の怒りを買っただけだ。

12月9日、女と赤子を襲って喰った。
女はなかなか美味で、吾輩は、女の身体を引き摺って、山に戻った。

12月10日、捜索隊と遭遇した。
間抜けな人間ども。
慌てて銃口を向けてきたが、銃わずか1丁しか発砲できなかった。
アマチュアなウスノロめ。

午後8時半頃に、吾輩は乱入した。
葬儀中のようだった。
右往左往の大混乱である。

午後8時50分頃、吾輩は別の民家に侵入した。
女が命乞いしてきた。
構うものか。
吾輩は、女を上半身から喰った。
男らが空砲を撃った。

ウスノロの人間ども。和人め。
アイヌ民族のような、ヒグマへの尊敬を見せぬから、こういう目に遭うのだ。

予期せぬ時に、一度、銃で狙撃された。
身体はビクともしない。
ミステイクを犯した。
吾輩としたことが、血の付いた足跡を残してしまった。

この足跡は、人間どもに、怒りと勇気を与えてしまったようだ。
人間どもは、弱点を見せると強気になる。

人間どもは、猟師を雇ったらしい。
ヤマモトという名前。ヒグマたちの間でも、油断ならぬと警戒されている男だった。
人間どもが本気なのは、ヤマモトを雇ったことでもわかる。

吾輩は、遂にヤマモトに発見された。
20mという至近距離まで接近したヤマモト。
ヤマモトは巧みに、匂いや存在感を消して、吾輩の元に近づいてきたのだ。
『ドン』
銃声が響いた。
ヤマモトはハルニレの樹の陰から、 発砲してきた。
弾は、吾輩の背中に命中してしまった。

『グルルル』
吾輩は、断末魔にも似た咆哮を挙げている。
ヤマモトは、二発目を放ってきて、吾輩の頭部に貫通させた。

吾輩は死んだ。
死体はソリで下山させられている。

(せめて、猫に生まれたかったよなあ)
吾輩の物語には、とぼけた苦沙弥先生も出てこない。
無名の猫が、家族の日常を観察するだけのストーリー。
できれば、あんな平和な小説に登場したかったものだ。

吾輩がヒグマに生まれた為に、それも叶わなかった。

集落に下されたヒグマの死体は、分教場で解剖された。


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