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肌の匂い

 鴛鴦歌合戦

 SSSのマネージャー青柳いちこは関係者入口の前で爪を噛みながら、13年前初出場を果たした鴛鴦歌合戦のことを思い出している。先輩歌手の楽屋をひとつひとつ挨拶して回り、リハーサルで段取りとフォーメーションを何度もチェックした。それが13年でこんなにも変わった。白い溜め息が冷たい夜空に向かって消える。出会った頃はわたしと話すにも伏し目がちだったあの子たちが、今ではわたしをおばさん呼ばわりする。ホールでは゛わ者゛の後輩ルアーズが今年もっとも売れた曲「ポイズン・ガール」を歌っている。3年前の春あたりから事務所のもっとも力を入れる看板(フラッグシップ)グループが、露骨にSSSからルアーズにシフトした。メンバーを選択し、組み合わせ、構築する輪中社長の能力は天才的だ。メンバー各々が当たり前のように自分の立ち位置を弁え、個性を発揮し、瞬時に行動を起こす。彼らが自分を活かせる仕事を見つけ、成長できる環境を整えてやること。未知の個性、まだ自分さえ知らないその子の中で眠る可能性を揺さぶり、掘り起こし、引きずり出してやること。新しい自分に気づかせ、誉め励まし、仕事に幅と深みを持たせ、質を高めていってやることがマネージャーの仕事だ。現状維持ではすぐに飽きられ、新しく来る者(ニューカマー)が椅子を奪い次から次へと忘れ去られていく。
メンバーひとりひとりに電話した時、峨眉山でドラマのロケをしていた学はチャーター機で移動中で繋がらなかった。ちとせはスカッシュ・ボルダリング・スケルトン・ジークンドー・水上バイクの現代五種競技に挑戦する正月特番の企画で、水上バイクから転落し水面で全身を強打、肋骨を三本折った体に鞭打ってこっちに向かっていた。会場では女性アイドルユニット「ポーキュパインとたらちね7」が歌っている。ヤマアラシのゆるキャラを中心に7人の子持ちの美熟女たちが歌い踊る。プロデュースは今をときめく君野ベルベル人、「ナマンダ」、森定末吉、「ヌーシャテル」「ヘル・ザ・マーケット」といった錚々たるアーティストたちを手掛ける売れっ子プロデューサー゛クォグマスープ゛。
会員制メンズエステでスペシャルコースを受けていた信也は、わたしの電話に夢心地の甘い溜め息で応えた。豪は寝ていた。周りの音ですぐにパチスロ屋と分かったSSSのリーダー哲二は、着古したスウェットの上下に女物のサンダル履き、フードを目深に被りメンソールを銜え煙草でボタンを連打する姿が目に浮かぶ。頂点を極め下り坂に向か始めた今、デビュー当時のキラキラした星屑の汗を振りまく5人を取り戻すすべはない。時計を見、白い息を吐く。あの日もこんな寒い夜でどうしても起こったことが現実と思えなかった。寒い夜が来るたび、吐いた息が白くなるたび苦しくなる。
゛晴者゛のグッドラックが「ダイアローグの中の仏」を歌い始めた。晴田学園は゛わ者゛のあとを追うようにして出てきた芸能プロダクションだった。
各地にキッズスクールを展開し、豊富で多彩な人材の中から新しいグループを次々にデビューさせていた。この世界に成功の法則はない。なにが売れるか分からないからこそわたし達は夢を見る。ここは夢と現実を行き来する廻り舞台で、夢見る愚か者にしか扉は開かない。SSSのメンバーが姿を見せ、いちこはぶちまけたい怒りを抑えて楽屋に急がせる。廊下を駆け抜けながら脱ぎ捨てる5人の服を拾い集め、あとを追いかける。SSSの出番の前に歌う照間みさえがすでに歌い出している。サビの部分
「パルナスの木 パルナスの木」のリフレインに入った時、衣装を着替え終えた5人は人と物でごたごたするバックステージを全力疾走し、舞台袖に辿り着く。やるときはやる、それがSSSの持ってるスペシャルな部分だ。
「今年も5人、それぞれが様々な分野で大活躍でした。デビュー15周年を迎え、さらなる飛躍を目指します。それでは歌っていただきましょう。
スメルスキンシップで「夕陽を背に飛ぶハードラー」。」
暗転していたステージ上に夕陽が浮かび、マイクスタンドの前の5人にそれぞれスポットライトが当たる。センターポジションに立つ鹿苑学は金髪のGIカット、星条旗をプリントしたタンクトップ、白のスパッツ、ワンスターコンバースを履いている。レース直前、ゴールだけ見つめて仁王立ちする学はキング・オブ・ポップだ。学の左、葱間ちとせはアフロのカツラを被りジャマイカ国旗をプリントしたタンクトップ、手首足首を捻じり捩り軽く跳ね手を叩く。ちとせの左、椿豪球はちょんまげで日の丸を背負い、腰に武士の命の刀、草履履き。首をぐりぐりと回し腰をひねる。学の右、上高地信也はユニオンジャックのターバン、デビッドボウイをリスペクトした全身銀ラメのタイツ。信也の右、前田哲二はコーンロードヘアにミラーグラスをかけた国籍不明の選手で、左の口元に付けぼくろをしている。腕、外股、内股をバンバン叩き口を大きく開けて緊張をほぐす。
オン・ヨア・マーク
スターティング・ブロックの位置を確認し、足を交互に高く上げ足裏をセットし爪先立ちで待つ。
ステディ ゴー!

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