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Nipopopophon
シムラ・ドドン波・シティ
ぼくの町は深夜0時の闇の底からひとつ目を光らせて、超爆音速でやって来る。けたたましい車輪の音を轟かせホームに滑り込むと、あとから来た衝撃波(ソニックブーム)で車両がたわみ歪み膨らみ、水蒸気の輪がいくつも浮かんでは消える。ぼくの町はそこで物資の補給補充とゴミ汚物の交換を手ばやく済ませてしまう。出発進行の汽笛吹鳴。
車内販売のワゴンを押して車両の通路を行ったり来たりするのがぼくの毎日の仕事だ。ワゴンには飲み物。お菓子。お弁当。お土産。新聞。雑誌。医薬部外品。プリペイドカード。絵はがき。ぼくの町はフードファイターの町だ。
めるも・メメント森・シティ
わたしの町は死と記憶に閉ざされている。ここはとても暗く静かなので考えごとをするにはぴったりの場所だ。記念碑(モニュメント)と墓碑銘(エピタフ)が混在している。謎の石碑(モノリス)を飾るバナーリボンにはラテン語で゛Umbra idearum(影の世界)゛と記されている。
わたしの町は青魔術の町だ。東の魔女はPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ人に、記憶を封じる「レーテー」。認知症患者に大切な記憶を蘇らせる「メメント」を使う。記憶術を使って円周率π(パイ)の小数点以下3京まで覚えたひとがいるって本当?
わたしの町には猟奇殺人鬼がいる。
グリンゴ・ライドショー
あなたにはとても信じてもらえないでしょうけど、わたしはそこでとても熱烈な歓迎を受けたのでした。ひと肌で燗をつけた徳利のサケをお酌されて、お猪口で受けたのです。サケの肴は鯛のお造りの女体盛りなのでした。わんこ蕎麦は輪島塗りのお椀にひと口で啜れるほどの二八そばが盛ってあって、とにかく早く数多く、食べるそばから矢継ぎ早におかわりを入れてくる仲居さんに負けじと食べなければいけないのです。あなたにはとても信じてもらえないでしょうけど。宴酣で無礼講になりますと、浴衣の裾を尻っ端折り、豆絞りの手拭いを頬被り、口に咥えた二本の爪楊枝を一本ずつ鼻のふた穴に突っ込んで、笊を片手に安木節を踊り出すひとが現れてきます。腹芸といって裸の布袋腹にマジックペンで描いた顔を波打たせる芸。人間ポンプといって横腹をポンポン叩きながら本物の金魚を呑み込んで、しばらく喋っているうち「ウッ」と呻いて吐き出して金魚鉢に戻してみせ、金魚が尾鰭を振って元気に泳ぎ出すという芸をしてくれたのでした。
川の水で禊を済ませて、神社の境内にねじり鉢巻きふんどし一丁で集まった村の人たちが宝木を奪い合うお祭りは、熱気と興奮で体から湯気が立ち昇り、身動きひとつできずに罵声怒号が飛び交うのでした。祭りのあと、宿に戻りますと番頭さんが懐で温めてくれたスリッパを出してくれ、富岡鉄斎の一幅の掛け軸、竹筒に一輪挿しの寒椿を飾る床の間、朱塗り格子天井、高麗縁の畳二十四畳の奥座敷に通されたのでした。枕元に色付きの影絵が回るぼんぼりが灯っていて、ひと肌でほんのり温められたふわふわの羽毛布団でぐっすり眠っていたわたしは、草木も眠る丑三つ時、ボォーンと寺の鐘の物凄い音がして、敷居に蠟を垂らしてそろりそろりと開く襖、障子の音、ひたひたと素足に足袋の抜き足差し足忍び足、入ってきた村の若者たちに夜這いされたのでした。
旅先にて
ダグラス
占領下における極東の地でダグラスが真っ先に目を付け着手したのは、花見を禁じることだった。
「花鳥風月禁止法」案の可決。
月を愛でること。虫の音を愛ずること。うぐいすの初鳴き。鰹の初競りを禁じた。春はあけぼの。ふきのとう。たけのこ。つくし。菜の花。七草の禁止。夏は花火。風鈴。行水。スイカ。そーめん。浴衣。下駄。かき氷。盆踊り。金魚すくい。夕涼み。ひやかし。うちわ。冷やし中華の禁止。秋は紅葉。団子にすすき。柿。茄子。七草の禁止。冬はかまくら。雪見酒。雪見大福。鍋。石焼き芋。湯たんぽ。ホッカイロ。どてら。腹巻き。毛糸のパンツの禁止。
これを先鞭にダグラスは次々と新法案を成立させていく。
「カラオケ禁止法」
童謡。唱歌。民謡。演歌。校歌。歌謡曲。Jポップの禁止。
「ゲテモノ食い禁止法」
タコ。イカ。するめ。くさや。かつお節。アワビ。サザエ。ウニ。ホヤ。ナマコ。ふぐ。あんこう。しらす。モツ。豚足(テビチ)。スッポン。マムシ。ハブ。白子。蜂の子。数の子。穴子。うなぎ。しゃこ。牛蒡。きつね・たぬきうどん。猫まんま。犬食い。うずら・鶏の生卵の禁止。
「時代劇・チャンバラ・任侠・忍者禁止法」
ダグラスは「クライスラー・GM・フォード」を奨励し、「トヨタ・ホンダ・ニッサン」の解体を図る。「マック・ケンタ・ドミノ・スタバ」の奨励、「王将・回転寿司・ミスド・コメダ」の解散・閉店命令を出した。
シムラ・ドドン波・シティ
ぼくの町はフードファイターの町だ。
月に一度の決められた日、ジャンルごとに色分けされたフードファイターが食堂車に一堂に会して、天下一食道会が開催される。毎回、テーマごとに出される料理が異なり、事前に知ることはできない。ルールはいたって簡単、時間無制限の一本勝負。より多く食べた者が勝ち。手・箸・口が止まった者、無残にも小間物を繰り広げてしまった者は負けとされる。嘘・ごまかし・イカサマ・八百長を防ぐために、トイレの中まで監視員がついてくる。
薬物(ドーピング)検査が抜き打ちで行われ、ランダムに選ばれたファイターは検査員の目の前で排泄行為を実見され、尿便を採取される。
毎月1日がジャンル黄 麵の日
ラーメン うどん 蕎麦 パスタ にゅう麺 そうめん つけ麺 冷麺
春雨 ビーフン フォー 焼きそば
毎月8日がジャンル白 米の日
寿司 丼 パエリア ドリア おにぎり ピラフ チャーハン
五目めし 雑炊 おかゆ お茶漬け
毎月24日がジャンル虹 スイーツの日
ケーキ タルト 和菓子 プディング アイス ぜんざい おしるこ
チョコ ワッフル カステラ かき氷 チュロス パンケーキ
ホットケーキ ドーナツ たい焼き 今川焼き どら焼き
毎月29日がジャンル赤 肉の日
焼き肉 焼き鳥 豚カツ すき焼き 唐揚げ しゃぶしゃぶ ステーキ
ローストビーフ ローストハム ソーセージ ポークウインナー
ケバブ フライドチキン リブロース プルコギ ジンギスカン
馬刺し ラム マトン ジビエ 牛タン もつ鍋 豚足(テビチ)
フォアグラ 鯨 イルカ 蛙 エスカルゴ 鴨南蛮
フードファイターの末路はあはれ、孤独で悲惨だ。たとえ巨額の富と名声、誰もが羨む栄耀栄華の暮らしを手に入れたとしても、いつかは誰もが食えなくなる。フードファイターが食えなくなる日。ある日ぱったり胃の腑が物を受け付けなくなり、みるみる急激に風船が萎えしぼむように瘦せ衰えていって小さく、見えなくなる。気づくと無残にもポンと消え、みんなの記憶からも無くなっている。それほど儚く、無慚で、惨めな未来が待ち受けているのに、フードファイターに憧れ、夢を見、志す人はあとを絶たない。
ぼくの町はフードファイターの墓場だ。
嘔吐物と汚物にまみれた躯(むくろ)が死屍累々と横たわっている。それでもとにかく、食いっぱぐれることだけはないのが、ぼくの町のいいところだ。賞味期限・消費期限・風味のまだ残る食べものが、光速鉄道の後部に連なる貨物車のコンテナいっぱいに腐るほど詰め込まれている。
めるも・メメント森・シティ
わたしの町には猟奇殺人鬼がいる。
幼い女の子ばかりを狙ってそのあたりをうろついている。町の女の子たちはこぞって自警団を結成し、対抗策を講じ、計画を練った。不良少女団ジャンヌダルクは町の至る場所に落とし穴を掘った。死ね死ね団は銃を手に入れるため、交番前に立番するおまわりさんをたぶらかし、まんまと一丁新南部式拳銃を手に入れた。チンポ蹴り隊はお揃いの、つま先に鉄板が入った安全靴を「ワークマン」で新調した。
わたしの町には幼い女の子ばかり狙う猟奇殺人鬼がいる。わたしは小学校に上がった頃にはもう「ピクチャー」を使えるようになっていた。図書館にあるすべての本の文字を覚えている「ライブラリ」を使う子もいる。わたしの町は死と思索に満ちていて、時折り記憶の雨と忘却の溜め息が落ちてくる。
それはそれで楽しく、静かで白夜のように昼間でもとても暗い。それでいてどこかに夢も希望もある。そんなところだ。魔術的幻燈機械が動き出すブルーモメントの夜に、なにかが森をやって来る。
最後の女(ファイナル・レディ)
はじまり
もともとやりたいことなんかなかった。趣味も特技もない。誰かに
「なんのために生きているのか」と訊かれたら、
「なんのために生きているのですか」と訊き返すと決めている。
みんな生きている。喜び。楽しみ。幸せのために。夢と目標。趣味がある。そのためには時間とお金を惜しまない。恋するひとはバラ色。愛があれば大丈夫。愛のために生きて、死ぬ。
「あなたはブスなんだから学歴がないとね。」
「スペックを上げないと。」
そう言う親の考えでいくつもの習い事を掛け持ちして、熟にも通っていたけど、全部途中でやめた。やればできる子だったのが、なんにもできないクラスのつまらない奴に。わたしは「できる人たちを見る」ただの人になり下がった。恋に仕事に約束に。夢と目標と明日に。自分のため家族のため他人(ひと)のため孤軍奮闘する愛しきひとたち。
生まれ育った、慣れ親しんだこの町のことなら多少知っていた。住み慣れた町だし土地勘もある。困ったときはタウンページ、グーグルマップを開けばいい。ここでならできるかもとなんとなく思いついて。
だからわたしは探偵になった。
依頼人
扉がばーんと開いて。男が入ってくる。築30年12階建て、屋上に錆びた巨大な貯水タンクがある。タイルの剥がれ落ちた雑居ビルの一室事務所兼自宅を構えたわたしのところに来る人たちは、タウンページを見るか、#近くて安い 手頃な探偵 を検索してやって来る。ぼったくらない健全で良心的な値段設定にしていたから、依頼の内容は「いなくなったペット探し」「
無くなった貴重品探し」「徘徊老人探し」「徘徊老人見守り代行」がそのほとんどすべてだ。殺人事件を扱ったことはまだない。
「小汚い事務所だな、おい。」 男の第一声。
「しけた面したネェちゃん。窓のブラインドは引き攣れてクソババァのシュミーズみたいになってる。ウォーターサーバーの水は切れてるし。額縁に入った絵。花瓶に花。観葉植物の鉢植え。間接照明。シーリングファン。熊の木彫りの置物。博多人形。ドライフラワー。マリモの入った金魚鉢。地球儀。髑髏(しゃれこうべ)。身だしなみを整えるためのロココ調の鏡。アールデコのテーブルランプ。マトリョーシカ。モルワイデ図法の世界地図。カクレクマノミとアロワナが泳ぐ水槽。オオヘラジカの首。サーベルタイガーの剥製。ベンガルトラの敷物。クリスタルの灰皿。水晶玉。王将駒の置物。盛り塩。来客用のためのデキャンタ―。湯呑み茶碗。お茶請け。お茶菓子。バカラのグラス。気付けのコニャック。ブランデーひとつない。まったくもって#近くて安い 尻軽 おまけにダサい。」
男はひとつひとつ部屋の場所を指差して、何もないところにモノを置いていった。わたしは笑うしかない。
「ははは。(そして依頼人はウザい)」
「まあいいや。金がない者に選ぶ権利はない。金があるところにだけ心の余裕は生まれるんだ。」
依頼人稔田ミテルはいなくなった妻を探してほしいという。
「おれがはじめて会った時、あいつはまだ生保レディをしていた。処女だった。その時思ったね、運命の女だって。」
「おれがはじめての男で、最後の男だったんだ。」
そして稔田ミテルは号泣しはじめた。ウソでしょ⁉と思ったが、ここで笑ってはいけない。内太ももを思いっきりつねる。このメンヘラクソ野郎が泣きやむのを辛抱強く待つ。稔田ミテルはポケットから取り出した木綿のハンカチーフで目尻を押さえ、鼻をかみ、嗚咽からえずきになって次第に泣きやむ。彼女の両親はふた親とも亡くなっており、兄弟姉妹はいない、親戚のことはよく知らないという。
生保レディ
稔田ミテルはどうしてもわたしの調査に同行するといって聞かなかった。
「いいじゃない。減るもんじゃなし。」
わたしはこの男を自分の車の助手席に乗せたくなかった。ギアチェンジするたび、シフトレバーを握るわたしの手の動きを執拗に、いやらしい目つきで見つめる。悪寒。嫌悪感。怒りと憎しみ。そして殺意が芽生える。隣りで鼻唄がはじまって山本譲二「みちのくひとり旅」。演歌は全然嫌いじゃない。演歌を歌うこいつが嫌いだ。
以前、彼女が勤めていた生命保険会社の元同僚に会って話を聞く。彼女を生保レディにならないかと誘ったのはその元同僚だった。
「スカウトしたのは彼女がバンギャをやってた時。地下のライブハウスで歌うあの子を見た時、才能があると思った。歌のほうじゃなくて勧誘のほうの。もちろんそれは当たっていて、彼女は老人を食いものにする稀代のレディジョーカーだった。10ヵ月連続NO・1レディを獲得して、2泊3日のグアム旅行っていう異例の局長賞まで出た。最後は積立金の横領着服でとんじゃったけど。」
それ以来、彼女には会っていないという。
バンギャ
生保レディ時代の元同僚は、彼女が入っていたガールズパンクバンド『ブチクソハグウェー』のバンドリーダーを紹介してくれた。その昔、元同僚とバンドリーダーとは元カノという関係だった。
「人生は甘くない。だから甘いものが食べたくなるんだ。そこのミスドでポン・デ・リングを買ってきてくれ。」
「わたしが⁉(死ねよ、クソが!)」
「もちろん割り勘だ。間違いない。」
座席を一番後ろまで倒しダッシュボードに足首を組んで乗せた男が、ポン・デ・リングを頬張りながら吉幾三「雪国」。絶対殺す。間違いない。もう墓穴は掘ってある。あとは埋めて土をかぶせるだけ。
「おれの知ってるあいつは歌なんか歌わなかった。夫のおれを立てていつも三歩引いて後ろを歩き、黙ってついて来る。おれが熱でも出すと枕元に正座して夜通し寝ずに看病してくれる。洗面器に氷の入った水を用意して、固く絞ったタオルを取り換える。玉子酒を作ってくれる。お粥には梅干し。おれが出かけるって時はズボンにベルト、湯上りには浴衣の帯を膝立ちで締めてくれる。べろんべろんに酔っ払ったおれが千鳥足の御前様で、折詰めぶら下げて御帰還遊ばした折も寝ずに待っていて、玄関先の上がり框に三つ指ついて「お帰りなさいませ」と出迎える。三食昼寝おやつ付き。刺身におろし立てのワサビ。ひと肌に温めた燗の酒。アイロンを当ててパリッとのりの効いたシャツ。ひと肌で温めた布団。湯たんぽ代わりの火照った身体。花瓶に季節の切り花。神棚にぼた餅。四季折々に変える床の間の掛け軸。竹筒に一輪挿し。敷居を踏まず片膝立ちで襖の開け閉て。玄関脇に盛り塩。大事な仕事がある時は出かける前に火打石を鑽(き)るのを忘れたことがなかった。
それがどうして‥‥」
また泣き出した。今度も放っておく。こんな男とそんな彼女はなぜ一緒になったのだろう。
かつての『ブチクソハグウェー』バンドリーダーは、いま地下のライブハウスオーナーだった。
「わたしがはじめて彼女にあった頃、あの子はまだコンカフェでバイトしながらパンとワインが専門のフードファイターとして活躍してた。彼女のバイト先のお店のコンセプトがスプラッター映画で、「悪魔のいけにえ」「死霊のはらわた」「ザ・フライ」「13日の金曜日」みたいな血と肉がドバドバの。毎回シフトに入るたびに血と肉のコスプレをしなくちゃいけなくて、メイキャップが大変だって言ってた。その当時、パンクのガールズバンドなんていなかったし彼女のボーカルとしての存在感もバツ群で、インディーズでデビューの話もあったんだけど。ギターの子が男関係、べ―スの子がマルチ商法に引っ掛かって借金こさえて、ドラムの子がクスリ、キーボードのわたしは新興宗教はまっちゃって、解散。空中分解よ。
そのあとの彼女には会ってない。」
グリンゴ・ライドショー
あなたにはとても信じてもらえないでしょうけど、死者の霊を降ろすことができる盲目の老婆イタコさんに、今は亡き父の霊を呼んでもらったのでした。イタコさんに降りてきた父が言いますには、昼となく夜となく四六時中血も涙もない地獄の鬼にやっとこで歯を引っこ抜かれて、それはとても苦しんでおるということでした。父は先祖代々長老派の牧師の家系でしたから、それはとてもおかしなことでした。母を大切に労わり兄弟仲良く達者に暮らせということでした。その母も昨年帰らぬ人となり、わたしはひとりっ子なのでした。珍宝館を訪れますと、そこには上から下から木彫りの摩羅(リンガ)が、鍾乳石か石筍のようにびっしりと犇めき合っているのです。中央に鎮座する神輿の上には黒光りの、雲を衝く巨大な摩羅が紙垂付きの注連縄を巻いて屹立しているのでした。
あなたにはとても信じてもらえないでしょうけど、夜になりますと村の若者たち主催の恒例肝だめしに参加したのでした。蝋燭を中に立てた提灯を手にお寺の裏手にあるお堂まで行ってお札をもらって戻って来るのです。途中、鬼火がいくつも飛んでいて笛と太鼓でおどろおどろしい音がします。井戸から手拭いを頬被りして生首に見立てたスイカが飛び出し、石段を上がっていると足首をさわられるのです。お墓の前で首すじがヒヤッとして悲鳴を上げると、竹竿から糸で吊り下げられたコンニャクを首に当てられたのでした。お堂に辿り着きますと、石燈籠の陰から白装束でおでこに逆さ▽の白い布をつけた女性がスゥッと姿を現します。足首まである黒髪、青白い顔の半分がヤブ蚊に刺されて凸凹になっています。その女性が折れた手首を胸の前にぶらりと下げて
「うらめしや」 でございます。
旅先にて
忍者部隊
ダグラスはここ極東の地における度し難い島国根性、内弁慶、井の中の蛙、村社会、同調圧力、排他・排外主義を徹底的に叩きのめして植民地化、属国化を図るため、さらに苛酷な屋上屋を重ねる禁止・厳守法案を強行採決していく。
「道禁止法」
武道。剣道。柔道。合気道。弓道。華道。香道。茶道。神道の禁止・廃止。
「野球禁止法」
NPB(日本プロ野球機構)。社会人野球。六大学野球。高野連の解散・廃止。甲子園の解体。草野球。パワプロ。野球盤。野球拳。プロ野球カードの禁止。MLB(メジャーリーグ・ベースボール)観戦の奨励。
「廃仏毀釈法」並びに「神仏習合法」の再法案化。
「アイドル禁止法」
関連グッズの販売。握手券。チケットの手売り。ファンクラブ。ファンミーティング。地下活動。チラシの配布。チャンネル登録。推しのCD・DVD、写真集のムダ買い。いいね・スキのムダ押しの禁止・廃止。
「旅・巡礼禁止法」
お伊勢参り。四国六十六ヵ所。聖地巡礼。地獄・温泉巡り。お墓参りの禁止。山師。世間師。香具師。的屋。瘋癲。大道芸。旅芸人一座。曲馬団。チンドン屋。門附け。瞽女(ごぜ)の禁止。じゃらん。るるぶ。地球の歩き方の廃刊。
「祭り禁止法」
各地のお祭り。三大奇祭。どんたく。よさこい。葵祭。祇園祭。だんじり。ねぷた。阿波踊り。盆踊り。東映まんがまつり。ヤマザキ春のパン祭りの禁止・廃止。
「オノマトペ・擬態語禁止法」
「麺類禁止法」
インスタント・カップ麺・フリーズドライ麺の禁止。市井庶民はところてん。くず切り。糸こんにゃく。しらたき。糸瓜。イカそうめん。ほうとうを代用とすること。
ダグラス怨嗟、天誅の声が巷間でふつふつと煮え滾り、伊賀・甲賀出自の者を集めた地下組織、忍者部隊が密かに形成されていく。
最後の女(ファイナル・レデイ) 承前
フードファイター
「あいつはもう死んでるんじゃないだろうか?」
大川栄策「さざんかの宿」を口ずさんでいた稔田ミテルが、ふとそうもらす。
「おまえはどう思う?」
「おまえはやめて下さい。」
「もし死んでたらおれも死ぬ。もし生きているならおれの子を産めという。生きているのか死んでいるのか分からない、宙ぶらりんのゾンビ状態(リビング・ザ・デッド)が一番耐えられない。あいつは自分が一番何がしたかったのか、全然分かってなかった。おれの嫁になる運命を、おれに出会う前のあいつはちっとも感じてなかったんだ。もちろんそうだ。おれと出会ったからこそ、あいつは幸せをつかんだ。なりたかった自分になれたんだ。幸福とは自分自身であることと教えてやったのはおれだ。」
「なるほど(おれおれうるせぇんだよ、タコが。自己中自己満自己憐の腐れチ○ポ野郎!ダッシュボードからタコ足を下ろせ!)。」
ガールズパンクバンド『ブチクソハグウェー』の元バンドリーダーがいうには、フードファイターとして活躍していた彼女にはセコンドが付いていた。その人は今もこの界隈に住んでおり、ジャム専門店を開いているという。
「わたしは何人ものフードファイターを育ててきたが、彼女ほどフードファイターとして真面目に真剣に、誠実に取り組んでいた子を知らない。あの子は飢えた魚のようにパンに食らいつき、悪魔に取り憑かれたようにワインで溜飲を下げる無敵のフードファイターだった。パンとワインをメインテーマとした「主イエスの血と肉の安息日選手権」では、TVチャンピオン史上初、空前絶後のV3を達成した。教えることはほとんど何もなかった。パンはできるだけ嚙まずに吞み下し、ワインで流し込めと教えた。嚙めば嚙むほど味が出て満腹中枢を刺激し、胃が物を受け付けなくなるからだ。その選手権の映像はYouTubeにもアップされていて、今でも観ることができる。」
映像を観ると、確かに彼女は何かに取り憑かれた、瞳孔の開ききった目をしてパンにかぶりつき、ワインを浴びるように吞んでいた。
「これはあいつじゃない。悪魔に憑かれたメス豚だ。おれの嫁のあいつはいたって小食で、米ひと粒ひと粒を箸でつつくようにつまんでおちょぼ口に運び、お歯黒を左手で隠して食べた。小鳥のエサくらいの量を小一時間かけて食べるのがやっとだった。箸が転んでも笑う年頃はとうに過ぎてたが、重箱の隅をつっついて小言を言うような小姑じみた野暮なことはしないええ女房(にょぼ)だったんだ。それがどうして‥‥」
ハチベエ ぼくたち見たんです。な、モーちゃん。
モーちゃん うん、でも‥‥
ハカセ 霊長類ヒト科の胃の中にあれだけの量が入るわけがない。絶対にどこかで何かしてるに違いないと思って。こっそり女のひとのあとを尾けたんです。
ハチベエ テレビで観てても怪しいと思ってたんだ。あのひとがジャムおじさんの店によく来るのを、モーちゃんが見つけたんだ。
モーちゃん ぼくはただアオハタのマーマレードが欲しくて‥‥
ハカセ 女のひとは町にひとつだけある教会に入っていって、告解室に閉じこもったんです。
ハチベエ そこで吐いてたんだぜ、きっと。まちがいない。
ジャムを買いに来た店内でわたし達の話をこっそり立ち聞きしていた少年三人が、コインパーキングに止めていた車に戻ったわたしと稔田ミテルのところに来て話してくれた。
ファイナルガール
町にひとつだけある小さな教会に向かいながら、稔田ミテルが石川さゆり「天城越え」を歌う。わたしは何が何だか分からない、とてつもなく哀しい予感に襲われて身体じゅうが粟立つ。ここから早く逃げ出したい、トンズラして事務所のT-falで湯を沸かして、ペヤングソース焼きそばを食べて安心したい。
「この門をくぐる者。汝、一切の希望を捨てよ」と誰かが言ってる。
神父は懺悔聴聞僧として雅な唐草模様(アラベスク)の透かし彫りが施された告解室で待っていた。そこで彼女の話をしてくれた。
「彼女は少女ばかりを次々と狙い魔の手にかける猟奇殺人鬼がまんまと罠に嵌まり、待ち構えていた警官たちの銃でズタズタに撃ち抜かれ蜂の巣にされるのを目の前で目撃した、最後の生き残り(ファイナルガール)だった。いわば殺人鬼を罠にかけるための囮(おとり)、人身御供、犠牲山羊(スケープゴート)として命を差し出した形だ。そのトラウマ(PTSD)から彼女が抜け出すには相当な時間の苦しみ、憎しみ、悲しみが必要だった。わたしはそんな彼女の苦しみ悲しみを、ただただ見ているしかない愚かな大人でしかなかった。」
工作員
神父はわたしと稔田ミテルを窓に濃いスモークをかけた黒のハイエースに乗せると、わたし達に目隠しをするよう頼んだ。
「これから連れて行くある場所は、地図のどこにも載っていない場所ということになっている。」
「この国はアメリカに占領され植民地とされて久しいのに、国民の誰ひとりとしてそれを拒否せず否定せず、疑問符ひとつ点けない。この屈辱的な奴属化・隷属状態がいつしか当たり前にある、空気のような自然なことにされてしまった。誰もが偽りの与えられた平和に満たされ、安寧・惰眠を貪り自分のことしか考えない。そこに一点穴を穿つ、われわれ民族解放戦線は「否(ノン)」を突きつける唯一の組織だ。T・H・ロレンスからチェ・ゲバラまで連綿と受け継がれるテロ・ゲリラ戦術には七つの柱がある。
一、物資補給。 食糧。武器。弾薬。日用品。医薬品の確保。
二、輸送。 ルート。手段。乗り物。機関。
三、情報収集。
四、財政。 軍資金の調達。パトロン・スポンサーの獲得。
五、広告・宣伝(プロパガンダ)。 人心の掌握。
六、工作員の勧誘・教育・指導。
七、シンパとの連絡。
彼女はわれわれに加わりなんでもこなした。わたしが強制したのではない。彼女自身が志願した。」
車が止まり、目隠しが外される。
「ある作戦に従事した彼女は、爆弾処理を誤った仲間を助けようとして負傷した。今はここ、地図のどこにも載っていない場所で暮らしている。」
「ああ、どうしてこんな‥‥」
車窓から公園が見え家族らしき双子の子と両親が遊んでいる。ひとりの子を抱きとめる彼女の両腕は手首から先がない。
終わり
めるもシムラ
魔術的幻燈機械が動き出すブルーモメントの夜の底から、ひとつ目を光らせたなにかが森をやって来て止まる。扉(ドア)が開いて誰かが出てくる。途端にUKロックの音響が急に、大きく高まって、わたしにはそれがスウィートの「ザ・ボールルーム・ブリッツ」と分かる。会場の内部がチラリと見えた。
『扉(ドア)の向こうは恐ろしく広いホールで、天井一面に五色の泡みたようなものがユラユラと霞んでいるのは、会員の手から逃出(にげだ)した風船玉であった。その下を渦巻く男女は皆タキシード、振袖、背広、舞踏服なんどの五色七彩で、女という女、男という男の背中からそれぞれに幾個かの風船玉が吊上がっている。その風船玉の波が、盛り上がるような音楽のリズムに合わせて、不可思議な円型の虹のように、ゆるやかに踊り上がり踊り上がりホールの一面に渦を巻いている。桃色と、水色の明るい光線の中に‥‥
と思ううちに扉(ドア)がピッタリと閉じられた。』
(夢野久作 少女地獄「何でも無い」より抜萃)
グリンゴ・ライドショー
あなたにはとても信じてもらえないでしょうけど、駅係員さんに無理から背中を押されてラッシュアワーの満員電車に詰めこまれますと、車内はとても静かでみんなスマホを見ており、すし詰め状態の乗客はさながら無縁仏を済度する地蔵菩薩三千体そっくりで、どこからともなく読経の大声明が聴こえてくるのです。わたしの空耳だったのでしょうか。ただ密閉・密集・密接・密着した車両内での口臭・加齢臭・香水・シェービングローション・消臭スプレー・腋臭の総攻撃には鼻がもげそうになり、吐き気とめまいで失神しかけたのにはとても辟易したのでした。そこからとにかくやっと解放されて何千何万という朱色の鳥居が連なる参道をくぐり抜け、諏訪大社から落ちてきた御柱にうち跨って斜面を滑り降り、熊猫大飯店(パンダホテル)の回転ドアに頭から突っ込んでいったのです。
あなたにはとても信じてもらえないでしょうけど、パンダホテルの゛飛天の間゛では、大山康晴永世名人と藤井聡太八冠による人を将棋の駒に見立てた軍人将棋が今まさに、始まろうとしているのでした。
先手日本
歩 帝国陸軍若手将校
飛車 大谷翔平
角 ゴジラ
香車 車寅次郎 本郷猛
桂馬 三船敏郎 峰不二子
銀 村上隆 村上春樹
金 井上尚弥 ドラえもん
王将 裕仁
後手米国
歩 KKK団(クー・クラックス・クラン)
飛車 ニーム・アームストロング
角 キングコング
香車 カール・ルイス クラーク・ケント
桂馬 マイケル・ジャクソン マイケル・ジョーダン23
銀 スティーヴ・ジョブズ マリリン・モンロー
金 モハメド・アリ チャールズ・チャップリン
玉将 ハリーS
わたしが無理を言ってKKK団の一員として目の所だけ穴を開けた白いシーツを被って参加させていただきますと、先手必勝とばかりに日本側がパールハーバーよろしく、宣戦布告なしに攻撃してきたのです。ビキニ環礁の水爆実験の影響で太古の眠りから目醒め、サンフランシスコに上陸してきてゴールデンゲートブリッジをぶち壊すゴジラに対して、ニーム・アームストロング船長が月へ行くのもうっちゃらかしてアポロ8号でゴジラに大気圏突入し、わたし達KKK団はなす術もなくあたふたと逃げ惑うしかないのでした。そうこうするうち、ドラえもんが四次元ポケットから「スモールライト」を取り出して、キングコングを小さくしてしまいますと、キングオブポップ・マイケルが奈落の壺口からスモークと共にブースターで射出されて5分間、微動だにせず、動き出したかと思うとちっちゃくなったキングコングをバブルス君の代わりにしたのでした。SONYウォークマンのヘッドセットを装着した帝国陸軍若手将校たちが、深々と雪が降り積もる帝都二・二六、君が代を聴きながら滂沱の涙を流し、
「天皇陛下万歳!」を叫びつつ宮城の方角に正座し集団自決いたしますと、黒Tにジーパンのスティーヴ・ジョブズが新作iPhoneを頭上に高く掲げ、まるでラウンドガールのようにステージ上を行ったり来たりして、ゴング一鳴、4階級制覇の井上尚弥が磨き上げた左のジャブ、カシアス・クレイ改めモハメド・アリが蝶のように舞い蜂のように刺すのです。あなたにはとても信じてもらえないでしょうけど、わたしはKKK団の一員として白いシーツにふたつ刳り抜いた穴から、一部始終を隈なく見ることができたのです。村上春樹がボストンマラソンに参加するためノルウェイの森からはるばる出てきて、KKK団の騎士団長を殺してしまいますと、電話ボックスから飛び出した胸にS字のスーパーマンが二刀流大谷サーンの放ったホームランボールを素手でキャッチ、地球を七周半回って時間を逆行、キングコングを元の大きさに戻そうとしたのですが、キングオブポップはバブルス君を手放そうとせず、股間に手を当ててあられもない奇声
「PhOOOOOOW」 ムーンウォークから高速スピンを決めるのでした。見るに見かねたチャーリーが杖を振りシルクハットに手をやり、ドタ靴で飛び跳ねて、懐手で無精髭を撫でこすりながらガムを嚙んでいた三船がチャーリーと相対します。ふたりの間合いを五輪9冠のカールが駆け抜け、金髪碧眼のマリリンが
「ププッピドゥ」モンローウォーク。村上隆の造形したアニメフィギュアが勃起してしまうのでした。空飛ぶ(エアー)ジョーダン23がアームストロング船長と一緒に月へとアタック。三船が鯉口を切りざま一閃しますと、チャーリーのちょび髭がスパッと半分に。ショッカーによって改造人間にされてしまった本郷猛がHondaスーパーカブに跨って盤上を蹴散らし、KKK団のひとりを轢き殺してしまうのでした。残ったKKK団のメンバーはたいまつを高く掲げて
「ジャップ!」「イエローモンキー!」「エコノミックアニマル!」「かわいい」を連発。帝釈天で産湯を使い姓は車名は寅次郎のフーテンが、
「それを言っちゃあおしまいよ。」と、また旅に出てしまうのでした。ドラえもんが「もしもボックス」で
「もし日本が勝っていたら」と受話器に向かってしゃべると、ゴジラが火を噴いて峰不二子の着ていた黒革のライダースーツを焦がし、KKK団はわたし以外全滅、大谷サーンの投げた165kmのスイーパーがライダーベルトの風車を直撃、破壊して本郷猛は変身できなくなってしまったのです。ジョブズがiPhoneでドラえもんと連絡を取り合った結果、盤上に放り込まれた「ほんやくコンニャク」を巡ってエアージョーダン23と生まれたままの姿の不二子がリバウンドを奪い合い、ハーフライン上の「コンニャク」を三船が一刀両断、モンローがカーネギーホールの壇上からハリーSに向かって
「ハッピバースデートゥーユー」を歌い出すのです。「コンニャク」の半分をフーテンが、半分をカールが拾ってそれぞれ裕仁とハリーSに。ニールの粋な計らいによる、月の裏側での極秘会談(ランデブー)で日本と米国の無条件講和が成立したのです。あなたにはとても信じてもらえないでしょうけど。
旅先にて
ファイナル・ガール
めるもの町には猟奇殺人鬼がいる。幼い女の子ばかりを狙ってこの辺りをうろついている。ぼくとめるもはメメント森を抜けて、記念碑(モニュメント)と墓碑銘(エピタフ)の間を彷徨う。昨日もひとり、不良少女団ジャンヌダルクの子が自分たちの掘った落とし穴の中で殺されているのが発見された。東の魔女は「レーテー」を使って、仲間をひとり失った不良少女団ジャンヌダルクメンバーのPTSDを癒す。
深夜0時ブルーメメントの森の底で、仕事の合間を縫って客車から降りたぼくの前に、めるもがいた。ぼくは食べようと思ってハンカチにくるんでポケットにしまっていたゆで卵を、めるもと分けて食べた。謎の石碑(モノリス)の陰から猟奇殺人鬼が現れた時、ぼくはなにもできなかった。めるもが目を閉じてうつむく。「ピクチャー」を使うと、伊藤若冲『群鶏図』から十三羽の毒々しい、赤い鶏冠の鶏たちが走り出て、猟奇殺人鬼の体じゅう、目といわず鼻といわず完膚なきまでに突っつき、血が迸り出て、突き殺してしまった。震えていためるもとぼくは手をつないで、誰も知らない新しい町を探して旅に出た。
謎の村雨城
ダグラスの棲食う禍々しい居城に忍び込むにあたって、忍者部隊のある者はカウボーイ。ある者はチアリーダー。ある者たちはジャズクァルテット(トランペット ドラム コントラバス ピアノ)。ある者はゴスペルシンガー。ある者たちはブロードウェイミュージカルの金字塔「キャッツ」のキャストに変装する。
深夜0時ブルーコメッツの闇の底、忍者部隊は濠を渡り村雨城の搦手門から侵入。天守閣の天蓋付きキングサイズベッドにレイバンのサングラスをかけたまま仰臥して眠るダグラスの口から、咥えたままのコーンパイプを引き抜く。吸い口に「まちん」の毒を盛った鉈豆煙管に取り換えて消える(ドロン)。
おしまい