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マニフィカト
漂流教室
わたしはあなたのことをかたときも忘れたことはありません。今もどこかで元気に生きていると信じています。そしていつか立派な大人になったあなたに会えると信じています。わたしは毎晩、あなたが好きだったカレーライスを作ってあなたが帰って来るのを待っています。お父さんはいい加減やめなさいと言うけれど、わたしはやめません。だってあなたは今日、帰って来るかもしれない。大人になったあなたはどんな風でしょう。きっとわたしよりずっと背が高くなって、声変わりしていて、
「ただいま帰りました。お母さん。」なんて敬語で言うんでしょう。
わたしは教えたつもりなんかないのに、あなたはどんどん新しいこと、わたしの知らないことを見つけて覚えていきましたね。わたしにはそれがなんだか怖いような、とても恐ろしいこと、あなたがどんどん遠くに行ってしまってもう戻ってこないような、わたしの子供じゃなくなって、わたしの知らない全然違った道を勝手に歩いて行ってるような寂しい、とても苦しい気持ちがして、喧嘩もたくさんしましたね。あれもダメ、これもダメ、はやくしなさい、もっと頑張りなさい、勉強しなさい、我慢しなさいと、すこし厳しすぎたかもしれません。あなたがいなくなって、もっと自由になんでも好きなことを、思いっきりやらせてあげればよかったと、後悔ばかりしています。あなたのためだとばかり思っていたけれど、お母さんの都合や理想、見栄や自己満足ばかり押しつけていたんだと、今になって分かります。お母さんを許してね。あなたが帰ってきたら思いっきり抱きしめて、あなたの顔をずっと見つめていたい。あなたは嫌がるでしょうけれど。立派な大人になったあなたにひと目でいいから会いたい。ふとした瞬間、日常のこまごまとしたこと、日々の生活に追われてあなたのことを忘れていたりします。このまま忘れてしまって、思い出すこともなくなれば楽になれる、苦しまずに済む、寂しくなくなるのかもしれない。そう思うたびに怖ろしくなって太ももを思いきりつねって、あなたのことを思い出します。あなたのことを忘れてしまったら、あなたとの大切な思い出、楽しかったこと嬉しかったことまで失ってしまうようで怖くなります。わたしがあななたを産んだ時、お母さんは本当に嬉しかった。難産でまる一日、死ぬような思いをしたけれど。これだけは覚えておいてね。お母さんはあなたがこの世界に生まれて来てくれて、本当に嬉しかった。幸せだった。あなたさえいれば他になにもいらないと思った。あなたはわたしに生きる喜びを与えてくれました。ありがとう。あなたに会いたい。あなたの顔が見たい。ひと目だけでいい。あなたに会える日まで、カレーライスを作って待っています。
美恵子より
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