【中村先生が百貨店に誕プレ買いに行く話】

※二次創作
※中村先生夢(夢主の名前の登場なし)


「誕生日ですか? 高いものは要らないです。そうですね、アディクテッドにでも行って私に似合いそうな色のアイシャドウ1つだけ選んできてください」
 誕生日の近い彼女に何か希望はないかと問うと、顎に指をあて少し考える仕草をしたあと、うっすら口の端を吊りあげてそう答えた。あでぃくてっどとは。
「単色シャドウをたくさん売ってるブランドです。百貨店とかにはたいてい入ってますよ。どんなの選んでくれるのか、楽しみにしてますね」
 猫を思わせる丸い瞳を眇めながら、彼女はまっすぐ俺を見つめて笑った。


「(うーーーん……ゔーーーーーん……?)」
 新宿の百貨店1階、コスメフロア。とりあえず目的の店舗に来てみたはいいが、気後れしてまず入れない。通路側に向けて展示するように商品が並んでいるので、入口できゃっきゃと行き交うお嬢さんがたから少し距離を置き、斜め後ろに下がって腕を組んでそれらを眺める。真後ろにはすぐ別ブランドの店舗が迫っているので、通行の邪魔にならないよう立っているだけで精いっぱいだ。
「(一体どれがいいんだ……)」
 たんしょくしゃどう、はネットで調べた。一色だけでバラ売りされているアイシャドウのことだ。事前にブランドサイトでもざっと見てみたが、数がありすぎて把握しきれない上に色の違いもそれぞれ微妙すぎてよくわからない。ピンクだけで何色あるんだ。
「(ゔゔーーん……!)」


 気づけば店の外に謎のおじさんが立っていた。眉間に深い皺を寄せ、腕組みをして真剣な表情で商品棚を睨んでいる。職業柄、不審者というのはすぐにわかる。一瞥で挙動がおかしいとわかるので相手にしないようにしているが、このおじさんは明らかにその手の輩ではない。お客様だ。しかしあまりに深刻な雰囲気を醸しているので、周囲のお客様が店へ近づきにくくなってしまっている。これはこれで営業妨害なので、優先してお声がけをすることにした。
「何かお伺いいたしますか? プレゼントでいらっしゃいます?」
「あっ、はい……こちらのアイシャドウが欲しいと言われて探しにきたのですが」
 そっと近づき、笑顔で顔を覗き込んで様子を伺う。黒のコートに黒のマフラー。ここで働いていると化粧品以外のものにも否応なく目が肥えてしまうが、どちらもなかなか質のよさそうなものだった。受け答えもしっかりしている。やはり不審者ではなかったと安心して接客に移ることにした。
「そうなんですね、嬉しいです! この時期、プレゼントで買われていく男性のかたもたくさんいらっしゃいますよ! 彼女さん? ですかね? どれがいいとか仰ってました?」
「それがええと……彼女に似合うものを一色で選んできてほしいと言われまして……」
 困り果てた顔で頭を掻くおじさんに愛らしく思う気持ちがわいてくる。
「なるほど……それは難しいですね……。この前出たクリスマスコフレなんかもおすすめだったんですが、単色で1つだけですね……」
 同じように困り顔で首を捻りながら、アイシャドウの棚を一覧する。プロとして、ここは腕の見せ所だ。単価は低いのでなるべく迅速に、かつご満足いただけるものを。私は心の中で気合を入れ直した。
「ちなみに彼女さんの雰囲気とかってどんな感じでいらっしゃいますか?」
「雰囲気……うーん……、年齢の割に大人びてます。でも可愛らしいところもあって……そうだな、猫みたい、ですかね」
「なるほどなるほど~」


 思いがけず彼女の印象を訊かれ、答えたあとに少し耳が熱くなってしまった。いや、厚着の上に館内の暖房が効きすぎているせいだ。
 その後も「彼女さんのよく着ている服の色は?」とか「彼女さんのお肌の色味は私の腕と比べて暗いです? 明るいです?」とか「お客様自身のお好きな色は?」とか矢継ぎ早に質問が並べられ、目の前の女性の頭の中でどんどん解答が絞られてきているのがわかった。そうしていくつかのサンプルを棚からピックアップすると、指を1本ずつ使って自身の腕の内側に塗り付けていく。
「私がおすすめしたいのはこの辺りなんですけど……いかがですか?」
 そう言いながら色の並んだ前腕を見せてきた。その中に、なにか心惹かれる色を見つけた。
「あ……、これがいいです」
 指さした色に販売員の女性も嬉しそうにする。
「これですね! いいと思います。すごい絶妙な色で他のブランドじゃあんまり見かけないし、さっき仰ってた彼女さんの雰囲気にも合うと思います!」
「ええ、僕も似合うと思います。じゃあこれ、包んでもらえますか? プレゼント用で」
「かしこまりました~! じゃあお支払いもこちらでさせていただきますのでお掛けください」


 「次はぜひ彼女さんといらしてくださいね!」と紙袋を手渡されながら見送られる。かなり気恥ずかしい体験だったが、手に下げた小さな袋が胸に暖かい。冷えてきた気温の中で、雑踏にまぎれる足どりはいつもよりゆっくりだ。それとは裏腹に、気持ちは急く。早く渡したい。喜んでもらえるだろうか。どんな顔をするだろうか。これを纏った彼女は、どんなふうだろうか。
 彼女の誕生日が早く訪れますように、と子どものように祈った。



後日彼女ちゃんに「ねえ、どうしてこの色選んだの?教えて?(ニヤニヤ」と問われ、また恥ずかしいこといっぱい言わされる中村先生。

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