イソップ寓話で学ぶ古代ギリシア語
イソップ寓話のことを聞いたことない人はまずいないと思います。
しかし、イソップが実は古代ギリシアにルーツをもつことはあまり知られていないかもしれません。
イソップというのは人の名前で、ギリシア語ではΑἴσωπος(アイソーポス)といいます。歴史家であるヘロドトスは、このアイソーポスがイアドモンという人の奴隷であったと記しています。しかし、アイソーポスさんがどのような人物であったのか詳しいことはよくわかりません。
どのような経緯で日本にまで定着するほどに人工に膾炙するようになったのかは、吉川斉『「イソップ寓話」の形成と展開: 古代ギリシアから近代日本へ』をご参照ください。
さて、こんにち我々が目にする「イソップ寓話」の直接の情報源はファエドルス(Phaedrus)というローマの人のラテン語翻案とバブリオス(Babrios)という紀元後三世紀の人によるギリシア語です。なので、プラトンなどのギリシア語よりも比較的後の時代のギリシア語ですが、イソップ寓話は一つ一つが短く、親しみ深いものなので、ギリシア語の勉強にピッタリと思います。
今回は有名な「狐とぶどうの房」(「酸っぱいぶどう」でお馴染み)という話を読んでみましょう。
テキストは呉茂一校注(1950)『Fabulae Aesopicae : selectae, 寓話選 / アイソーポス』, 岩波書店(5. ᾽Αλώπηξ καὶ βότρυς)からです。
解説の中で、呉先生の注釈を参考にしたところは、「呉注」と記します。
文脈状補うところは[ ] であらわします。
᾽Αλώπηξ καὶ βότρυς(狐とぶどうの房)
解説
᾽Aλώπηξ:女性名詞, 単数, 主格. 「狐」
λιμώττουσα:λιμώσσ(ττ)ω. アッティカ方言では-ττ, その他の方言では-σσになる(辞書では -σσで引く)。現在分詞, 女性, 単数, 主格(᾽Aλώπηξと性・数・格が一致)。「腹をすかせる」(λῑμός「飢え」から)。ここでは「腹をすかせた狐が」ととっても、「狐が腹をすかせながら…した」ととってもよい。
ὡς:接続詞。色々意味があるが、ここでは「~のとき」。ὡς節は"ὡς ἐθεάσατο ἀπό τινος ἀναδενδράδος βότρυας κρεμαμένους"まで。したがってこの文の主動詞はἠβουλήθηとἠδύνατο。
ἐθεάσατο(ἐθεά[これはᾱと長い]σατο):θεάομαι. アオリストでἐθεᾱσάμην. なのでアオリスト, 三人称, 単数。「見る」。+対格+分詞で、「~(対格)が、…(分詞)するのを見る」と解せる(ちょうど英語の I saw him crossing the streetで「私は彼が道路を渡っているのをみた」のように)。
ἀπό:前置詞(属格をとる)。「~から」。οに鋭アクセントがあるのはその次のτινοςが前接辞(enclitic)であるから。
τινος:τις. 不定代名詞。「誰かある人 / あるもの」。単数・属格。性は、形としては男性、女性、中性どれもありえるが、次の ἀναδενδράδοςと一致して女性。
ἀναδενδράδος:ἀναδενδράς. 女性名詞, 単数, 属格。「棚」。木の枝を上にわたしておく棚で、「ぶどう棚」というそうです(呉注)。
βότρυας:βότρυς. 男性名詞, 複数, 対格。「ぶどう」。
κρεμαμένους:κρεμάννῡμι.「ぶら下がる」。現在分詞, 受動, 男性, 複数, 対格(βότρυαςと一致)。
ἠβουλήθη:βούλομαι. 受動, アオリスト, 三人称, 単数. 「~を欲する」(~をの部分は不定詞をとる。ちょうど英語のwant to do や hope to doのように)。
※普通、βούλομαιの受動のアオリストの三人称単数はἐ-βουλήθηになりますが、このようにἠ-になることもあるようです。
αὐτῶν:αὐτός. αὐτόςは大きく分けて①「同じ」の意、②「まさに~」の意、③「彼/彼女/それ」という三人称の代名詞の意があり、ここでは③。複数, 属格で、性はβότρυαςをうけているので男性。περιγενέσθαιがとる属格。
περιγενέσθαι:περιγίγνομαι. アオリスト不定詞。「~に打ち勝つ」→「~を手にいれる」。ἠβουλήθηがとる不定詞。
καὶ:接続詞で「そして」(英語のand)、副詞的に「also」や「~さえも」。ここでは接続詞は文脈状不必要なので副詞的にとるか。
οὐκ:否定辞。「~ない」(次に続くのが母音だとοὐκ, 子音だとοὐ)。
ἠδύνατο:δύναμαι. アオリスト, 三人称, 単数。「~できる」。「~」の部分は不定詞をとる(ちょうど英語の be able to doのように)。ここではπεριγενέσθαιが了解されていると考えられる。
逐語訳
解説
᾽Aπαλλαττομένη:ἀπαλλάσσω. 現在分詞, 中・受動態, 女性, 単数, 主格。女性形なのは狐(᾽Aλώπηξ)が主語だから。
ἀπαλλάσσωは能動態で「~を解放する」。中・受動態で「解放される」→「立ち去る」の意味になります。
現在形だと中動態・受動態を形の上で区別できないので、ここではどちらか決めるのは難しいです(The Cambridge Greek Lexicon では Mid. Pass. と両併記になっています)。
δὲ:接続詞。「そして」、「しかし」。
πρὸς:前置詞。属格、与格、対格支配。+対格で「~に向かって」。
ἑαυτὴν:ἑαυτοῦ, -ῆς, -οῦ. 再帰代名詞。「彼/彼女自身」。女性, 単数, 対格。当然、狐のことをさします。
εἶπεν:εἶπον. 三人称, 単数。λέγωやφημίのアオリストとして用いられる。当然、λέγωやφημίとは語根が異なっている。このような現象を補充法(suppletion)と言います(英語でいうと、goの過去形にwentが用いられるアレです)。
῎Oμφακές:ὄμφαξ, -ακος. 女性名詞, 複数, 主格。「未熟なぶどう」。
εἰσιν:εἰμί. 三人称, 複数。
逐語訳
解説
Οὕτω:副詞。οὕτω, (次に続く語が母音で始まっていたら)οὕτως. 「このように」
καὶ:接続詞で「そして」(英語のand)、副詞的に「~さえも」。ここでは接続詞は文脈状不必要なので副詞的(alsoの意味)にとるか。動物の話をしてから、「人間の中でさえも」の意味か。
τῶν:定冠詞。ὁ, ἡ, τό. 複数, 属格で、性はἀνθρώπωνに一致するので男性。
ἀνθρώπων:ἄνθρωπος. 「人間」。男性名詞, 複数, 属格。この属格はἔνιοιにかかる。
ἔνιοι:ἔνιοι, -αι, -α. 「いくつか」。英語で言うとsomeにあたり、some of ~のof以下をギリシア語では属格でとる。このような属格を「部分の属格」とよびます。ἔνιοι τῶν ἀνθρώπων:'some of the humans'.
τῶν:定冠詞。ὁ, ἡ, τό. 複数, 属格で、性はπραγμάτωνに一致するので中性。
πραγμάτων:πρᾶγμα, -ατος. 「ことがら、もの」。中性名詞, 複数, 属格。
ἐφῑκέσθαι:ἐφικνέομαι. 「到達する」。アオリストでἐφῑκόμην. アオリスト不定詞。属格をとって、「~を得る」。
μὴ:否定辞。「…ない」。δυνάμενοιを否定している。分詞の否定はοὐとμήがある。οὐは事実の否定、μήは何らかの条件を否定するときや話し手の主観が入るときに使われる。ここではδυνάμενοιの分詞が条件の用法なのでμὴ。
δυνάμενοι:δύναμαι. 「~できる」。現在分詞, 男性, 複数, 主格(ἀνθρώπωνをうけているので男性)。
δι':διά. 前置詞。語末の母音(ここではα)は次の母音で始まる語の前では脱落する。これをelisionといいます。対格とともに「~がゆえに」。
ἀσθένειαν:ἀσθένεια. 「弱さ」。女性名詞, 単数, 対格。ここでは肉体的な弱さ(虚弱)のことか。
τοὺς:定冠詞。ὁ, ἡ, τό. 男性, 複数, 対格。
καιροὺς:καιρός. 「好機」。男性名詞, 複数, 対格。
αἰτιῶνται:αἰτιάομαι. 「非難する」(-αοの母音融合動詞。Cf. τῑμάω)。三人称, 複数。
逐語訳
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