『ASONDE CLASS HITO』全12曲の解説

ネット上で文章を書き始める時の挨拶ってなんかいいのないですかね?
こんにちは?こんばんは?読んでる人の時間に合わせられないんですよね。
お世話になっております。これもなんか硬いし。
かといって「どうも、クラーク内藤です。」って言うと永ちゃん感が出てなんかおこがましいし。
毎回書き出しから困るんですよ。あのー、今僕がこれを書いてる時間が夜なので、今回はこんばんはでいかせていただいてもよろしいでしょうか?そうしますね。

どうもこんばんは、クラーク内藤です。

『ASONDE CLASS HITO』というアルバムをリリースしました。


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bandcamp
https://clarknaito.bandcamp.com/album/asonde-class-hito-3

subscription
https://linkco.re/TXzfbzVC

歌詞
https://note.com/clarknaito/n/n30f6895f81f3

5月に予約注文を承ったCD+Tシャツは既に発送済みでして、6月4日に音源データの販売開始、また同時にサブスクの配信開始となりました。

意外とですね、フルアルバムというか10曲以上のオリジナル曲が入ってる音源を出すのって初めてなんですよ。なので一応1stアルバムっちゃ1stアルバムって事になるんですけれども、個人的には2014年の『終わってる歌』っていうEPがリリース音源のスタートラインというイメージという事もあって、そこから7年も経っているので全然新人っぽさのない1stアルバムです。

僕は「CONTEMPORARY ROCK'N’ROLL/特殊ロックンロール」という事を標榜して音楽活動をしているんですけれども、それはどういう感じの制作の仕方かというと、ロックンロールという座布団の上に片足の小指一本だけはなんとかギリギリ置きながら、その周りにある「ここにもロックンロールを感じる」という音楽を自分なりに取り込んで編集していく、というスタイルなんですね。で、今回はフォークを主体としたアルバムになっています。

フォークをやるに至った経緯というのは以前にnoteでも書いた事(https://note.com/clarknaito/n/ndad362f86ba2)なので、ここでは簡潔に書きます。「現在のロックンロールをやろう」と決めて一人で音楽活動を開始して、最初にガレージパンクをサンプリングしたラップミュージックを作り、そこからゴルジェ(タムを多用したクラブミュージック)などのベースミュージックと共鳴し、その経緯で民謡をダンスミュージックとして再発見し、そして民謡をしこたま聴いた後でフォークやブルースを聴いた時にその民謡性というものに気付き、今回のアルバム制作に至りました。戦前・戦後付近のフォークやブルースというのはロックンロールの親みたいなものですから、ロックンロールを巡る音楽的な旅がそこで一周した感覚になったんです。

『ASONDE CLASS HITO』というタイトルはおそらく2018年あたりからぼんやりと思い浮かんだタイトルだったんじゃないか、と思って今Twitterを遡ってみたんですが、「ASONDE CLASS」とツイートしているのが2017年10月8日で、「ASONDE CLASS HITO」とツイートしているのが2017年11月30日なので、どうもこの辺りで「これは何かの作品のタイトルになるぞ」という予感が芽生え始めたものと思われます。30歳前後から政治について考える時間が増えてきて、それを何か音楽で表現しようとした時に「自分のスタンスはこれ」という感じで出てきた言葉かと思われます。このタイトルでフルアルバムを作ろうと思いつつ、2018年には取り急ぎ6曲入りのEPを出しました。

ASONDE CLASS HITO​(​EP)
https://clarknaito.bandcamp.com/album/asonde-class-hito-ep


その後、フルアルバムはどうやって作ろうかなとずーっと考えたものの、いまいちアイデアがまとまらない日々が続きました。突破口が見えたのが2019年12月4日。LESS THAN TVのFUCKER (谷ぐち順)さんから「12/28(土)ネイキッドロフトでレスザンTV企画として『初めてのフォーク・初めてのヒップホップ』というイベントをやるので、弾き語りでオリジナルの書下ろしを一曲歌ってもらえませんか?」と連絡が来たんですよ。
「レスザンTVのFUCKERさんから弾き語りの曲を歌ってくれと連絡が来た。」
もうこのメールを見ただけでほとんど1曲できたんです。弾くべきリフはこういうので、するべきラップのフローはこうで、書くべき歌詞はこれと、もう一瞬でスパスパスパーン!と見えた。その時できたのが「防災訓練」です。

これをきっかけとして、そこからしばらく頭の中で曲ができてできてしょうがない日々が続いたので、最初は「とりあえず『ASONDE CLASS HITO』フルバージョンのアルバムは一旦置いといて、先にフォークのアルバムを作るしかないな」と思ったんです。で、アルバムタイトルを考えていた時に「あれ?もしかしてこのフォークのアルバムが『ASONDE CLASS HITO』なのか?」と気付いた。このフォークのアルバムこそが『ASONDE CLASS HITO』であると仮定してみたら全ての辻褄がいよいよ合ってしまった。というわけで、2018年の『ASONDE CLASS HITO(EP)』は電子音のロックンロールであったにもかかわらず、そのフルバージョンは全く意図していなかったフォークのアルバムとして完成しました。

ジャケットの写真はゆっこちゃんこと小野由希子。ライブでもプライベートでもしょっちゅう撮影してくれていたので「とにかくこの人に頼むしかない」という気持ちでオファーしました。写真家とマンツーマンでライブ以外の写真を撮る、という事をほとんど初めてやったのですが、2人で何かを作るジャムセッションのような楽しさがありました。「今回のアルバムは商品でも作品でもない何かだ」という不思議な気持ちが自分の中でいくらかあるのですが、それでもこのアルバムがどうにか人様に差し出せるようになっているのはゆっこちゃんのこの写真の力に寄るところが大きいと思っています。

ジャケットの写真で持っているアコースティックギターはTakamineで、中学からの旧友である高木にもらいました。高木が中学生の頃に「一緒にギター教室に通おう」と誘ってくれたおかげでFコードを弾けるようになり、また「弾き語りユニットを組んで路上ライブをしよう」と誘ってくれたおかげで人前で歌い始めるようになったという、旧友でもあり僕の音楽的な重要人物でもあります。そして多分僕が唯一苗字を呼び捨てで呼べる人です。今は教師をやってるんですけども、10年ほど前に「これをお前にやる」とずっと使っていたTakamineのアコースティックギターをもらいました。その時はパソコンで音楽を作るのがメインでアコースティックギターは全然使わなかったんですけれども「これはきっと最後の手段としていつか使う時が来る」と思ってとっておいたんですね。そしたら意外と早く最後の手段を使う時が来ちゃったなと思ってます。もう来たか。


前置きだけでもそこそこ長くしまいましたが、一応ここからが本題でして、1曲ずつ解説めいたものを書いていこうと思っています。

01.「遊んで暮らす」
『ASONDE CLASS HITO』というアルバムを作るなら「遊んで暮らす」というタイトルで1曲作らないといけないと思っていたんです。どういう曲にしようか2018年からずっとあれこれ考えていたんですが、結果としてこうなりました。

フォークのアルバムを作るにあたって今回一番悩んだのが「ゴルくならない(ゴルジェにならない)かもしれない」という事だったんですよ。今回はドラムセットの使用を禁止していたのでタムを全然使っていないんですね、そうするとゴルジェにならない。しかし制作の終盤で「アコースティックギターという木材そのものをポコポコ叩けばいい」という事に気が付き、なんとかゴルくなりました。

前述した「ロックンロール→ヒップホップ→ベースミュージック→民謡→フォーク」という音楽的遷移が1曲に凝縮されたので、アルバムの看板としてもふさわしい曲ができたと心底ホッとしています。
もう一つ付け加えると、この音楽的遷移で本当に1周したなと思えた最後のとどめがThe Rolling Stonesの『Beggars Banquet』を聴き直した事でした。10代の頃に聴いてたアルバムなんですけれども、あれって今回僕がやりたい事とかなり近いんですよ。「ブルースを発展させてロックンロールをやろう」という方法ではなくて、「ブルースとロックンロールの間にあるものを見つめよう」というニュアンスのアルバムというか。『Beggars Banquet』を聴き直した時は「なんの事はない、今自分がやりたい事なんて大昔に聴いたストーンズがその更に大昔にやってた事じゃないか…。」と呆然としましたが、おかげでより今回のアルバムに確信が持てたとも言えます。『Beggars Banquet』がぐるっと一周した音楽の端っこと端っこを最後にギュッと結び付けてくれました。

日本民謡をしこたま聴いた事によりブルースの民謡性に気付いた、という事を表現したかったので、歌やアレンジもなるべく民謡とブルースの間を見つめながら作りました。と言ってもそんなに難しい事でもないんですよね。民謡にもブルースにも「労働歌(ワークソング)」というものがあるので、やっぱり一緒なんです。「労働歌(ワークソング)」っぽく聴こえる曲に仕上げながらも歌詞は「遊んで暮らす」というフレーズだけで作れたという点でも、本当にこの曲は気に入っています。地味なんですけどね。全部ブチ込めたのに無駄がないのが最高だなと。


02. Happy end
これも2018年にはタイトルと歌詞のイメージがあったんですよ。この曲のきっかけは『三文オペラ』という演劇です。1928年に初演されたベルトルト・ブレヒトの戯曲ですけれども、これを谷賢一さんが演出して、ドレスコーズの志磨遼平(以下しまくん)を音楽監督としてクルト・ヴァイルの劇中音楽をアレンジする事になった。僕は当時ドレスコーズマガジンで連載していた縁もあり、その中の1曲「運命の罠」のトラックを作らせてもらえる事になったんです。で、その演劇を見に行ってとにかくぶったまげてしまった。普段ほとんど演劇を見ないのに急にとてつもなくハイクオリティーなものを見てしまったので、それこそ素人がプロボクサーのパンチをもろにくらってしまったかのように、終了後本当にずっとクラクラしてしまいました。すーごかった。

その後すぐにこの曲の「とってつけてやるハッピーエンド」というサビの歌詞が浮かび、その『三文オペラ』とKendrick Lamarの「Alright」の歌詞の構造に近似性を感じた事からヴァースのイメージも浮かびました。歌詞のイメージの方が先行して音楽的な部分が未定の状態が続きましたが、やはり2019年12月以降にフォークのフォーマットに当てはめてみたらツルッと曲ができた、という流れです。自己紹介っぽい歌詞としては今までで一番よく書けたと思うんですけれども、歌い出しの「オレは90年代10代だったボンクラ」っていうのはずっと言いたかった出自なんですよ。何でかよくわからないですけれども。たかだかそれだけの事だぞ!みたいな。

Kendrick Lamarの他にはDavid BowieやPackのオマージュにもなってるんですけれども、共通項がドイツなのはたまたまかな。Packの「タッ!!」がBillie Eilishの「…ダー」と同じ効用というのは完成後にしまくんから言われて気付きました。


03. 防災訓練
前述した通り、2019年12月4日にFUCKERさんから連絡が来た途端に出来た曲です。電気がない状態で「とにかくパーティーを続けよう」とか「Show must go on.」と言えるか?そこに挑めないか?というのはやはり2011年からチラチラと頭の中で気になっていた事なんですよ。実際2011年3月頃は何回かアコースティックギター一本の弾き語りでライブをやってみたりもしてました。

Kendrick LamarやMigosのようなフローで添田唖蝉坊の歌詞を引用してまして、とにかく僕はそんな事ばっかりやりたがります。その他のオマージュとか元ネタみたいなものはほとんど3ヴァース目で歌ってますが、そこに書かれていないミュージシャンだとMukimukimanmansuっていう韓国の女性2人組の変則的フォークグループと、Billy Childishの影響が強いですね。Billy Childishの音質とコード感って2020年の不穏で閉塞的な空気に凄くマッチして、よく聴いていました。


04. ペン・剣・パン
2021年1月にシングルで出した曲をアルバムバージョンとして作り直したんですけれども、録り直しただけで特に何も変えていないです。
「ペン」と「剣」と「パン」をランダムに発声して1曲作りたい、というアイデア自体はやはり2018年にはできていて、その時はゲットーハウスになる予定だったんですよ。ゲットーハウスのボイスをサンプリングして貼り付けてる感じってミニマムな歌モノとしても凄くカッコイイなと思っていて、その観点で1曲作ってみたかったんです。『ASONDE CLASS HITO(EP)』では「やめろコール」という曲でもそのアイデアが活かされてます。フォークでアルバムを作ると決めてからもこの曲はやっぱり仕上げてみたくなったので、結果としてバキバキのフォークパンクになりました。ロックンロールの人間としてはやはり「はやくてうるさい(順序は逆だけどThe Ramonesが言う所のLOUD,FAST)」という事をベーシックにしているので、こういうのはいつも絶対作りたくなります。最近はLOUD&SLOWか、FAST&QUIETな方がモダンになる事が多いとは思うんですけどね。


05. Away
これ作れたの嬉しかったですね。物心ついた時から、または思春期以降ずっと感じてた事をやっと歌詞に書けたので本当に嬉しかったです。

フォークのアルバムを作るにあたっていくつかアイデアを出してみた時に、シティーポップのパロディーができるなと思ったんです。シティーポップもメチャクチャ影響を受けてるわけではないんです。でも例えばThe Flying Lizardsがやるカバー曲みたいな距離感で、シティーポップを簡素なアレンジでパロディー化したら楽しいなと。
で、シティーポップをやるなら歌詞はボードレールでしょ、と思ったんですよ。あ、いや違うな、まず山下達郎が「歌詞のテーマはずっと一貫して『都市生活者の孤独、疎外』だ」と言っていたよなと思い、その「都市生活者の孤独、疎外」というフレーズで連想したのがボードレールだったんだ。今思うとなんでマルクスとかサルトルじゃなかったんだろう…?で、僕は福岡県生まれ、横浜市育ち、東京都在住でして、なんだかずっと所在ない気持ちでいるので、そのアウェーな感覚を歌詞にしたらいいんじゃないかと思い、曲ができました。

『ASONDE CLASS HITO』というのは自分の事を紹介するような気持ちで名付けたタイトルなので、なるべく自分の事を歌おうと思ってこの曲も作ったんです。それにしてもこの「所在なさ」と「遊び」という概念とは若干距離があるんじゃないか?と思ってたんですよ。でも最近知ったんですが「遊び」という言葉は元々「出かける」という意味を持っているらしいんです。「遊」の象形文字を見ると、旗を持った子供が出かけるという構造になっている。確かによく考えてみると「出かける」の逆で「帰宅する」という言葉って遊びっぽさがかなり薄くないですか?だとすると帰宅しない、帰宅できない、どうも帰宅する場所が見つからないと感じていた僕の「所在なさ」って「遊び」っていう概念と合致するんですよ。これはちょっとびっくりしましたね。プレイボーイでもない無趣味な人間が何で「自分は『遊んで暮らす人』だ」なんて言えるんだろうと我ながら妙に不思議だったんですが、この「所在なさ」から来るものだったのか、と思ってすっかり腑に落ちました。この曲によって今回のアルバムが自分の中で「過去の清算」みたいな意味合いが強まったようにも思います。

「遊」の象形文字はメチャクチャ気に入りまして、ノイバウテンのジャケに使われる一つ目小僧にも似てるなとも思い、7月2日のレコ発のフライヤーにも使用しています。今後もよく使うと思います。旗とギターは似てるんだろうか。

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06. 火事か虹か
インストです。「いつかフルアルバムを作る時は、アナログ盤レコードになった時のA面とB面の間にあたる位置に短いインスト曲を入れたい」というのが長年の夢だったんです。アルバムをアナログ化する予定は今のところないんですけれども。

宮沢賢治に「報告」という詩がありまして、曲のタイトルはそこからとってます。

「報告」 宮澤賢治
さっき火事だと騒ぎましたのは 虹でございました。
もう1時間も りんと張って居ります

これだけの短い詩なんですけれども、僕はこれ一発ギャグっぽくて凄く好きなんです。例えば猫ひろしなんかが大声でこういう事を言うようなイメージです。といってシュール過ぎるわけでもなくて共感できる所もあり。

フォークセットでライブをやろうと決めて2020年の1月頃にChance The Rapperの「No Problem」を日本語カバーしてはどうか、と思いついたんですよね。確かそれを思いついたのはコロナ以前で。で、コロナで騒ぎ始めた2月から3月頃に、この宮沢賢治の「報告」を思い出し、その他に大友克洋の『AKIRA』も思い出しつつ、その感じを「No Problem」を日本語カバーの歌詞にぶっこみました。


クラーク内藤「No Problem(気味?)」 (Chance The Rapper cover)
https://www.youtube.com/watch?v=SZUTG2AhZas&t=64s

アルバムにはこのカバー曲は入れないにしても、この曲の残響音みたいなものは残しておきたくて短いインストになりました。
今たまたま話の流れで残響音と書きましたけれども、この曲で聴いてほしい所もまさに残響音です。演奏が下手だからという事を抜きにしても、弾いていない時のギターの音を聴いて欲しいと思って作りました。「弾いていない時の音を聴く」もそうですし、少し言い換えると最近は「何を言っているか」よりも「何を言っていないか」みたいな事に興味が湧く事が増えてきました。

あと、これは「No Problem」の歌詞でもそのまま書いた事ですが、2018年のEPでは宣伝文句にあえて「音楽に政治を持ち込みました。」と説明していたのですが、今回のアルバム制作の段階では「むしろ政治の方から勝手に割り込んでくるんだ」という考え方に変化した事は結構大きかったように思います。政治を避ける歌詞を書くのは今は本当に意図的に頑張らないと難しいんじゃないでしょうか。


07. Talking Dentaku
今回僕の中ではフォークとブルースが一緒くたに入ってきてまして境界線が曖昧なんですよね。要はギター1本の弾き語りのスタイルであるという点ではそこに分け隔てがないんです。で、ギター1本弾き語りのフォーマットでアルバムを作るならアルバム中1曲は3コードのブルース調の曲が必要だと思って作りました。ただブルースをやるのではなくて、ブルースの曲調でトラップの3連フローをやったらどうなるかな?と思ったんですけれども、びっくりするぐらい普通になりましたね(笑)。なんだろう、おじいちゃんとひ孫を並べてみたらそっくりで、まぁそりゃそうかみたいな気持ちになりました。

今回のアルバムは「今っぽい」事よりも「自分っぽい」事を優先させようと思ってある程度曲を絞ったりもしたので、あまりゲストは入れないでおこうと思ったんです。でも唯一「自分っぽい」という事だったら尚の事呼ばなければいけないゲストが一人だけいて、それがニシオカ・ディドリーだったんです。あの人は凄く天才だと思って勿論尊敬もしてるんですけども、僕を煮詰めたような性格の人だなとずっと思っていまして。だから僕がニシオカ・ディドリーをゲストに招くというのは、テメーがテメーよりテメーっぽい人を呼んだぐらいの事でしかなく、自分っぽさが薄れる事は絶対にないと思い込んでるんです。
とはいえ、それにしてもギターの腕前はさすがなので、アルバム中一番洗練されている音になったなと思ってニシオカ君にはメチャクチャ感謝しています。ありがたい。ニシオカ君も本格的にアコースティックギターを弾くのは初めてだったようですが、この客演をきっかけにアコースティックギターにハマってくれたようで、それも嬉しかったです。


08. I hate Rock'n'Roll
この曲は作曲をネモト(ネモト・ド・ショボーレ)さんとの共作としています。どういう事かというと、この曲の発端はCHILDISH TONESなんです。CHILDISH TONESはネモトさんが作ったオモチャの楽器でロックンロールを演奏するバンドでして、僕は2015年の結成から2018年まで主に鍵盤奏者として在籍していました。その時ライブで「I hate Rock'n'Roll」という曲をやっていたんです。

CHILDISH TONES / I HATE ROCK'N'ROLL
https://www.youtube.com/watch?v=svfPs2Hm3JM

これもそもそもネモトさんが「The Jesus and Mary Chainの『I Hate Rock'n'Roll』を内藤君が日本語の歌詞を書いてカバーしてみよう。」と発案して、自分達なりにアレンジしていった結果「これもうカバー曲じゃないね(笑)」となった結果オリジナル曲って事になったんです。音源化はされない内に僕はバンドを抜けたんですけれども、自分で書いた歌詞が気に入っていたので更に書き直して曲調も更にガラッと変えてできたのが今回収録された曲です。なのでネモトさんはいわゆる歌メロを作ったとかそういう事ではないんですけれども、そもそもはネモトさんのアイデアから端を発しているという事が重要だったので共同作曲者としてクレジットしています。

長くは在籍できなかったものの、CHILDISH TONESは本当にやってよかったなと思っています。あのバンドをやれた事で「オリジナル曲というものに縛らる必要はないい」という自由な気持ちになれました。また、前述のカバー曲をやるつもりでいつの間にかオリジナル曲ができたという経験ができた事も凄くよかったです。レコード以前の民謡って口承の文化だったっていうじゃないですか。「どれが元祖で原型はこれ」みたいな事が大事になるのって多分レコードとかの記録媒体が発達してからなんじゃないかなとも思ってまして。「歌というものは必ずしも全部がオリジナル曲を作ろうとして作られていくというわけでもなくて、耳にして気に入った曲を自分たちなりに歌っていく中でいつの間にか新しい歌になっていたんだろうな」と想像してたんです。で、まさにそういう事を身をもって体感できたのが凄く自分にとって嬉しい経験でした。

あと、音楽的には「ノイズ」という事を意識して作りました。エレキギターの優れている所ってやっぱりひずみやハウリングだと思うんですよ。プレイヤーがフレットを抑えればイメージ通りの音程で音が出せる一方で、ひずみやハウリングなどプレイヤーにとってOut of controlな音も出る、そうやって想定内の音と想定外のノイズが両方出せるからこそエレキギターはロックンロールにとってなくてはならない楽器になっていったんじゃないかと思っています。
アンプに通さないアコースティックギターでロックンロールをやるにあたって、いかにそのノイズを発生させるか?という事を考えた所「弦のチューニングを狂わせる」という事を思いつきました。6本中何本の弦を狂わせるか色々試したんですが、主に1~3弦までの2つか3つぐらいまでを狂わせるのが個人的にはちょうどよかったです。4~6弦はベースとして安定させておくと、想定内の音と想定外のノイズのバランスがしっくりきた。この半分チューニングを狂わせるギターのセッティングで今後もいくつか曲を作ってみたいです。


09. 無人島
2020年にシングルとして出した曲です。2020年感丸出しですね。曲調も歌詞のイメージも2020年以前のアイデア等は一切入っておらず、全部2020年に沸き上がったものです。

コロナ以降、カミュの『ペスト』という小説が再注目されたなんていうニュースを見かけましたが、僕はカフカの『城』を思い出してたんですよ。といっても僕は『城』を読むのを途中で挫折しているんですが。「読み終えてない小説をサンプリングするなよ」とも思うんですが、あれを読んでる時の不気味な退屈さとか、読み進めた所で大どんでん返しとかもないだろうなっていう絶望感とかがコロナ禍と妙にリンクしまして。そういう堂々巡り感、ループする閉塞感を表現すべく、2020年にLittle Richardの「Keep a Knockin'」を20分20秒カバーするというインスタライブをやったりもしました。

あと、尾崎放哉とかBilly Childishとかscarlxrdとかがごっちゃになってるのは、むしろごっちゃでも何でもないというか、黒と黒と黒を重ねただけみたいなもんだなとも思っています。


10. だまされたい 
これは2018年のEPにも違うアレンジで収録されていた曲です。歌詞が気に入っていたので「大事なことなので2回言いました」みたいなノリでアルバムにも収録しようと思ったんですよ。

最初は簡潔にアコースティックギター1本の弾き語りでいいだろうと思って録音してみたんですが、しっくりこなかったんです。困ったなーと思ってアレンジを考え直しまして。で、そもそもはThe Velvet Undergroundのオマージュというのが曲調の根幹にあって、ベルベッツってそういえばTerry Rileyの影響あるよなと。かつ、僕はフォークセットになってからライブで白いツナギを着ているんですけれども、その元ネタであるThe WhoもTerry Rileyの影響で「Baba O'Riley」という曲を作っている。そういえばFaustも多分そうだし、Terry Rileyの影響で発展したロックンロールの系譜ってあるなと思い、じゃあミニマムで行こうと。でもロックンロールの編成で現代音楽をやるのではなくて、戦前頃のブルースやフォークで使われていた楽器の音を分解して再構築するようなアレンジにしようと思い、アレンジができていきました。

これは手間がかかりました。制作前は「フォークのアルバムだったらギター弾いて歌うだけだからミックスとかの編集作業は今までのDTM的なものに比べたらまぁ楽になるだろうな」と正直たかをくくっていた部分もあるんですが、この曲のせいで完全にいつも通りのしちめんどくささになりました(笑)。こういう細くて暗くて長いトンネルをくぐるような作業が毎回あるので、EPやアルバムの制作中はギュンギュンに目が寄るような気分になります。今回はそのトンネルないと思ったんだけどなー。あったなー。

2017年にはライブでもやっていました。曲調はまたもうちょっと違ったんですが、歌詞は変わってないと思います。フェイクニュースだポストトゥルースだっていうのに凄く腹が立って書いたんですよね。どう腹が立ったかっていうと、単純に「嘘つくな」という苛立ちではなくて「一生涯だまし通せる嘘をつけよ」と思ってムカーッとしたんです。今もですけれども。「こっちがあえて前のめり気味にだまされにいっている嘘は、選挙で過半数とれればいい程度のチンケな嘘とはワケが違うぞ」と、恥ずかしながらそう思っています。


11. ねんねん
前述の通り今回のアルバムは「自分っぽいものを作ろう」と思っていたので、子供がいるという事も記録したいなと思って子守歌を収録しました。といっても、作曲したのは奥さんです。子供が生まれて間もない頃に奥さんが「ねんねんねんねん」と歌いながら寝かしつけをしてるのを聴いて「メチャクチャいいメロディーだし、子守歌としても理にかなっている」と思って慌てて自分でもiPhoneに歌って録音しておいたんです。どことなくMoondogの「Lullaby」のような雰囲気があっていいなと。

もう一つ書いておきたいのが、Noahlewis' Mahlon Taitsの『Six Pieces For Dancing』というアルバムについてです。このアルバムは10代の頃に買ってから聴かない年はないというぐらい、一人でこっそり大事に聴き続けていたアルバムなんですよ。で、この「ねんねん」をレコーディングしてる時もあのアルバムの空気感に近いものになるかもな、なればいいなと連想していたんです。
ある日レコーディングの合間に久しぶりにそのアルバムのジャケットを見返していたらem recordsと記載されているのを発見したんですよ。em recordsは2018年に僕と俚謡山脈とのコラボレーションで作った「木崎音頭」を出してくれたレーベルです。今まで全く気付かないまま、レーベルオーナーの江村さんと話してた…。そんな無礼な気持ちを大いに恥じつつ、それとは裏腹になんとなく運命めいたものも感じつつ、このアルバムができたタイミングで「Noahlewis' Mahlon Taitsの『Six Pieces For Dancing』をよく聴いてました、というか現在進行形で聴いてます」という旨を遅ればせながら江村さんにもお伝えしました。凄いアルバムなんですよ。SP盤の様な音質で戦前のジャズをやっているんですが、時間の流れ方がものすごーくゆっくりなんです。アインシュタインの相対性理論を出すまでもなく、このアルバムを聴けば時間の流れが均一ではない事がよくわかります。そして更に言うと、1秒や1拍が均一ではないというのは日本民謡にも当てはまる大事な特徴だと思っていまして、そういう事も気にしながらこの曲はレコーディングしていました。


12. Bye-bye
はっぴいえんどや村八分などのひらがなロックが大好きなので、この曲のタイトルもひらがなにしたいとも思ったんです。しかし以前から「いつかは英語詞の曲を作りたい」という野望もあったので「この曲ぐらい歌詞の少ない曲で実現するしかチャンスはあるまい」と思い、タイトルも英語表記にしました。「Bye-bye」と「Stay sick」しか言ってません。

「Stay sick」というのはThe Crampsのアルバムタイトルから拝借した言葉でして、以前から凄く好きな言葉だったんです。「Stay sick」っていうのは直訳してしまうと「病気でい続けろ」という意味になります。なのですが、バッドテイストなバンドであるThe Crampsが「Stay sick」という事によって、「どうかお元気で」とか「お身体には気を付けてください」と言っているように僕には聴こえるんです。「世界の半分の人には伝わらないかもしれないけれども、オレとオマエの関係であればいわずもがな通じるだろう」と相手を信頼してるからこそ投げられている言葉だと思うので、そうなるとこちらとしても「少なくともオレは絶対受け止めてやるぞ」という気持ちになります。
The Trashmenの「Surfin’Bird」みたいなバカのロックンロールをいつか作りたいと思っていたので、やっと作る事ができて嬉しかったです。

以上、アルバム全12曲の解説でした。このアルバムを引っ提げて、7月2日にレコ発をやります。


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『ASONDE CLASS HITO』release party
日時:2021年7月2日(金)
場所:下北沢THREE
時間:18時オープン(変更の可能性あり)
料金:¥2000(+1d)
出演:
クラーク内藤
三代目DJひょっとこ
シンムラテツヤ
久土'N'茶谷
FUCKER

・事前の予約をお願いします。各出演者にて承ります。
・入場時、検温、手指消毒、マスクの着用、連絡先の記入をお願いします。
・発熱等体調不良の場合は無理せず入場をご遠慮下さい。

なかなかライブをやるのが難しいご時世ではありますが、あくまで個人的な事に限って言うなら、のけ者扱いや厄介者扱いというような事はいつも通りです。「よおカルマ!今日もよろしく!」ぐらいのもんです。人類の栄枯盛衰とは関係なく、ゴキブリはその都度食えるものを食いながらずっとのさばっています。などと卑屈気味に自分を鼓舞していますが、もちろん感染対策などはやりますので、体調にお気をつけながらお越しください。
アルバムとレコ発ともども、よろしくお願いします。


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