「できるだけ純情でいたい」とのことーー岡村靖幸について
わかってよちょっと 勉強すりゃわかるよ(略)14回もしょげずに
このシンプルにして過剰な物言い。異様な数字の使い方。衝撃だった。アニメ『シティーハンター』のエンディング曲の中のフレーズである。曲名は「SUPER GIRL」、歌い手の名は岡村靖幸。
■ 8時47分、授業はもう始まってる
少年時代に上記フレーズと出会って以降、私はずっと岡村靖幸のことが気になって気になってしかたなかった。いつもいつでも宿題みたいに気にしてた。なのにずっとまともに聞くことができなかったのはなぜだろう。とにかくなんか聞くのが怖くて避け続けてきたのだ。が、時を経て2011年に彼が復活した時、ついネットで目撃してしまった「ぶーしゃかループ」。
私は二度目の衝撃を受け、と同時に自分の心がいつの間にか岡村靖幸を受け入れる準備を整えていたことを知る。新しい朝です。そしてその興奮に身を任せてセルフカバーアルバムを、過去の名盤の数々を聞いて聞いて聞きまくったのだった。「来週の参観日に間に合うよに宿題しなベイベー」「ねえ3週間ハネムーンのふりをして旅に出よう」「やっぱマニュアルどおりに見つめてそんでもってマンションマンション」「ダスティン・ホフマンのようにさらいたい」「背が179!」「あともう15秒でこのままじゃ35連敗」「汗ですべるバッシュ まるで歌うイルカみたいだ」「人生がんばってんだよベランダ立って胸を張れ」「それ1、2、6ってフリーランスのノンペンペンペンペンペンペン草」……数えきれない言葉と音に打ちのめされた結果、私はいまや岡村靖幸を崇めて奉りかけてすらいる。たとえば、私たちとまったく異なる文明と存在様態の地球外生命体が偶然窓の外に現れ、「この星ではまず誰に会うべきか、誰を見るべきか」と聞いてきたとして、私は井上陽水やクリント・イーストウッドとともに岡村靖幸を強く推すだろう。
■ 絡まってる心に勝つには新時代思想
そんな彼の11年ぶりのオリジナルニューアルバムが、この1月末に発売された。その名も『幸福』。
新曲の中では「新時代思想」がとてもよかった。「愛はおしゃれじゃない」「ビバナミダ」「彼氏になってやさしくなって」「Loveメッセージ」はすでにYou Tubeで飽きるほど聞いていたが、あらためて聞きまくった。やはりとてもよかった。なかでも――
ヘイベイベ すべりこもうぜ 照れながらシーツに
また最高のフレーズに出会った、と思った。この人は30年くらい前からずっと同じことを歌ってる。たぶん23歳、たぶん50歳、そしてたぶん60歳でも同じことを歌い続ける。勝手にそう確信した。しかしこの確信の拠りどころって何なのか。私は音楽理論も系譜もよく知らないし、当然のことながらバブル世代の感慨もない。ましてや単に「キモカッコイイ」では済ませられない。いったい、私は岡村靖幸のどこにどう惹かれているのだろうか。
「人は誰でも、自分だけの〝岡村ちゃんと私〟を持っている」(樋口毅宏氏)という。では私だけの〝岡村ちゃんと私〟とは?――そう考え始めてすぐに思い浮かんだのが、「過剰」という一語だ。この言葉にまつわる負のイメージをやわらげるために「いとおしい過剰」とか「爽快な過剰」とか「過剰への憧れ」とか適当な飾りを付けてもいいが、なんにせよ私が〝岡村靖幸の過剰〟あるいは〝岡村靖幸という過剰〟について述べるとき、それはすべて全身全霊のほめ言葉だ。こんなに大事なことはそうはない。
過剰。読んで字のごとく、あまりすぎる。もてあます。すなわち思春期、青春、恋、人間。まさに岡村靖幸が歌い続けてきた事柄だが、どうも〝岡村靖幸の過剰〟とは、これらを主張したいあまりの、伝えたいあまりのものではないらしい。むしろ逆で、それは歌い踊りながらすべての意味を振り落として走り続ける類の過剰だ。聞いているこちらが、何が歌われているのか忘れてしまうほどに過剰。以前、谷崎潤一郎の「対象を変形させる眼差し」について書いたが、〝岡村靖幸の過剰〟はあれとよく似ていると思う。
たとえば、人の顔について書き連ねられていたはずの言葉が、いくつもの細部を醜怪な断片として示すことに没頭しすぎたせいで、顔ではない別の気持ち悪い何かを描き出してしまう(『鮫人』)などということは、谷崎文学においては日常茶飯事だった。〝岡村靖幸の過剰〟もまた、本人の意図がどうあれ、そも過剰な思いだの恋だのをもとの形もわからないほどにこねくりまわして変形させる。そして、これまでに見たことも聞いたこともない謎の世界を見せてくれる、聞かせてくれる。だから、岡村靖幸の歌には本当の意味では誰も共感できない、感情移入できない。いや、そんなことしたらもったいない!そんな暇はない! こんなに過剰なのに不思議と何物もうるさくせまってこないのは、それが過剰に過剰をぶつけた過剰さのパロディーみたいなものだから。〝岡村靖幸の過剰〟はこちらに何ひとつ強制しない、導こうとしない。こちらはただ驚き憧れていればいい。その安心感と爽快感がたまらなくいとおしい。むこうみずでいじらしい。しかもそのような過剰さの掛け算の只中から、時折、愛だの恋だの流星も通り抜けて矢のように真っ直ぐな叫びが放たれるものだから震えてしまう。いけないことかい?
私たちと何ら共有する価値観を持たない地球外生命体に、まず岡村靖幸を会わせたい、と私がふと思った理由は、このあたりにあるのかもしれない。共感だの思いだの感情だの、余計なものを超越して過剰に迫りくる得体の知れない何かが、岡村靖幸にはあるのだ。地球外生命体は彼との会見後、思わずこうつぶやくかもしれない――どぉなっちゃってんだよ。
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