外山恒一氏は「人民の敵」なのか
※この記事は政治的な知識がほとんど無い地方金融機関マンが昔ニコニコ動画で知った外山恒一氏のトークイベントが近くで開催されるという理由だけでそれに参加したレポというか備忘録です。もしかしたら言葉などが間違っている箇所があるかもしれませんがご容赦ください。また、外山恒一氏の政治信条や活動内容について、私は中立の立場ですのであらかじめご了承ください。
<本編はここから>
令和5年2月23日。
大分県第4の都市にて、ある本の出版記念トークイベントが開催された。
その本の題材は「外山恒一」。
西日本新聞社の藤原賢吾氏がその半生を取材したものらしい。
私が初めて外山氏を知ったのは2007年の東京都知事選挙。
その衝撃的な政見放送はニコニコ動画の歴史において一世を風靡した。
未見の方はこちら↓(YouTube)
その人物の本が出版され、割と近くの会場でトークイベントを行う…。
ぜひ見てみたい!
私は一躍時の人となった有名人に会いたい、ただのミーハーな日本人であった。
しかし、いくら貴重な機会だとしても、政府転覆などと語っていた人物に会いに行って大丈夫なのだろうか。ヘルメットとタオルで顔を隠したヤバイ人たちに囲まれたりしないだろうか。かなり自問自答した。
しかし人間は「やらないで後悔するより、やって後悔する方が良い」と言う。
もしヤバイ集会だったらすぐに帰ろう…。そう思いながら車を飛ばした。
…会場の映画館は客席50位の小さなミニシアターだった。
薄暗い会場には16、7人くらいの人々がまばらに座っている。
男性、女性、若めの人などもいて意外と幅広い。
スクリーンの前で話している人物が2人。
左の人物が外山氏。政見放送の力強く演技がかったあの姿とは程遠い、温和で柔和な語り口の人物がいた。
そして言った。
「現在の自分はファシストである」。
外山氏の「活動」の始まりは行きすぎた管理教育への反発であるという。
例えば「0時限目」。当時在籍していた高校で、朝一でおこなわれる0時限目に参加するか、というアンケートが配布された。
実は強制であり、周りの生徒は「参加する」と回答したのだが、転校したての何も知らない外山氏は単純に参加したくなくて「参加しない」にマルをした。すると先生からの呼び出し。厳しい指導の始まりであった。
…詳しいエピソードは本で確かめて欲しい。
私も買おうと思う。主義主張はともかく、話を聞く限り、こんなに行動力のある人は中々いないので、その人物像には興味がそそられるからだ。
ここでトークイベントの中で特に興味深かった話を3つ紹介したい。
路上パフォーマーのパイオニア
氏は福岡における路上パフォーマーのパイオニアであるらしい。
左翼活動中にギターを持ってブルーハーツを演奏していたら仲間が集まってきたので、その後試しに帽子を置いてみたら結構稼げた。
ここから路上でブルーハーツを歌い、お金を稼ぐ日々が始まるのだが、しばらくすると真似をする人が出てきて競争が激しくなってくる。
すると今度は当時怖い街であるというイメージのあった中洲でパフォーマンスをした。氏が無事であったことを知った人々は中洲にも繰り出し、また競争が激しくなった。
すると今度は中高年の好きな歌手の歌を歌ったり、スピーカーを使ったりしてさらに周りと差別化していく。ずっと独居房に居たい
ある理由で投獄された氏は、独居房に居た。しばらくすると雑居房に入れられるかも知れなかったのだが、そこでは言葉ひとつでいじめなどが発生するかもしれないため、ずっとひとりで居たかった。
そこで「監獄人権センター」などと接触し、囚人の人権を守る活動をしている団体の機関紙を購読した。するとそれを囚人に読ませたくない刑務所側の「配慮」からずっと独居房にいることができた。仲間を求めて選挙へ
共に戦う仲間を求めた氏は、仲間を集めるために地方選挙に出馬した。
え、逆では?と思う人もいるかもしれないが、選挙の目的と手段を逆手に取ればこんなことができるという実例だと思う。
この活動が、あの伝説の政見放送へと繋がっていく。
本当にいろんなエピソードが出てくる人物であった。語りも上手で、内容も暴力的でないので、聴いていて普通に面白かった。
現在は後進の育成のため、自宅で私塾を開いているという外山氏。
氏のように従来の慣習に捉われない発想を持つ人物が、日本のマーケターだったら、と思うとまた興味が湧いてくる。本を読むのが楽しみである。