姉ばか
ファッションにも化粧にも関心のない妹が初めて地元以外の美容室でイメチェンして、素敵なかっこいい髪型になって正直感動してしまった。
あるとき妹が「こんな髪型にしたい」「青く染めたい」と後ろを刈り上げた写真を見せてきて、「いいじゃんいいじゃん、やりなさい」と背中を押した。そして妹は、いつも行っている美容室ではなく、いっぺん別のところで切ってもらいたいと望んでいた。
私の高校時代の友人に美容室を経営している美容師がおり、彼女の店で切ってもらうかと聞くと、大変乗り気になった。
人気のため予約したら数週間後だった。
友人Uは昔から群を抜いた個性とセンスを持っており、私は友人でありながらファン心もあり、雑誌にスナップが載っているのを見つけたら買っていた。美容師であることを除いても、高校時代からの珍発言や言動は記憶に残るものばかりで、実はよく家庭内で彼女のことを話していたため、妹は以前から興味を持っていた。
「AKIRAのTシャツでも着ていけば」
「うん着る」
友人Uは映画・漫画大王で、美容室の棚にはAKIRAのあの分厚いカラフルな漫画本があるのだ。AKIRA好きの妹もそういったところにとっつきやすさを感じている。
美容室の場所がわかりにくいのと、ビフォーアフターの新鮮味を街中で見たいのもあり、私も美容室の建物まで一緒に行った。もうわりと大人なのにベタベタした姉である。
可愛がるくせに私は、妹のトータルコーディネイトに納得がいかず、南青山の一丁前な美容室に送りこむには恥ずかしさがあり、口出しをしてしまう。のびのびの妹の髪のブリーチは私が自宅で手掛けたもので、ムラばかりだ。
「この雑なブリーチについては『"姉がやったなんて言わないで"って姉が言ってました』って言っておいて」と冗談まじりに妹に指示するほどだった。自分の実績の恥ずかしさを自分がいじることで、なんかのハードルを下げようとしてるわ、と自分で思った。
いくら相手が友人とはいえ、美容に熱心で、たくさんのお洒落人間を手掛けたことのある、こだわりを持った美容師である…と思っての、妹に対しての私の言動を省みると、人目ばかり気にする姉である。
半ば私のせいで遅刻しかけ、妹初の表参道・青山だというのに、街を見る間も与えず早歩きをさせた。それでも、建物が近づくと妹はにわかに、楽しみを含めた緊張を見せた。
私は妹をエレベーターにぶち込んで、美容室は忙しいだろうと思い友人には会わず、そのままカフェチェーンに行って時間をつぶした。2時間ぐらいだろう、と思ってさくらラテ一杯で粘ろうと思ったが、どうやらそれ以上かかるらしく、日用品とか売ってるオリンピックでさらに1時間フラフラした。
表参道・青山は店は多いが、大きな施設や地下道が膨大ではないため、雨の日はこうするほか方法が分からない。
妹から「終わった」と連絡が来たので集合する。
妹の影が見えた。
うわぁイメチェンだ。
頬のラインで短く切りそろえられた髪で、後頭部は見事刈り上げられている。髪をめくったら刈り上げです〜じゃなくて、見える刈り上げだ。
そのときは日が暮れていてわかりにくいが、光が当たると落ち着いた紺色の艶が見える。個性的なのに、落ち着いている。似合ってる。
実は、妹が「こんな風にしたい」と写真を見せてきたとき、(Oh..まあまあ奇抜だ。友人はびっくりしまいか。それとなく"今風にやるとこうした方がかっこいいよ"などと誘導して、より洗練されたシェイプに着地できないだろうか)と心の中で思っていた。
しかしさすがプロの美容師。妹が注文した写真通りの髪型を見事に再現しており、その上で、なんか似合ってるし、良いし、カットのラインに友人っぽさも出ている。かっこいい!
それに、妹はずっとニコニコしていた。
「楽しくて、ずっと爆笑した。あそこなら落ち着く。」
それは何よりだ。
相性もあるだろうが、友人にはそういう才能がある。
私も、ケープをまとったまま目に涙を溜めたことが何度もある。
友人には事前に「地元以外の美容室に行くのは初めてだから、何卒よろしく」と伝えたからか、「緊張しなくて大丈夫だからね」と優しく、「誰も見てないから」と冗談を付け加えて落ち着かせてくれたようだ。
全国いろんなところから、念願や憧れの気持ちを持って来客する人が多いことだろう。肩の力抜かせ方もプロだ。
友人もお洒落な雰囲気にビビる人の気持ちは知っていて、格好が違うだけで、同じ人間であるというアティテュード。そういえば、私は美容室で会話するとき、友達だから友達と話す感覚でいるが、"客と美容師"としての関係性でその感じで会話できたら驚くな…と、妹からの話を聞いて初めて発見した。
「あの切る前の髪のムラブリーチについては、なんか言ってた?」
「ううん。なんも言われなかった。」
ノータッチでよかった。
それはそうか。
どうしちゃったんですかそれ、なんて失礼だもんな。
「あと、この髪型にしたらお洒落しなくても良いからねって言ってた。」
目から鱗だ。
なんだか、あれだけ色々気にしまくってた自分が本当にばかみたいだ。
髪型だけでキマッってるのだから、服とか張り切らなくて十分だ。
私の経験に基づくと逆に、髪型を変えたら洋服も普段と違うものを着てみたくなるマジックがあると思っており、あわやそれを力説しかけ、やいのやいの姉の非難がはじまった、と受け取られるところだった。
ねじ曲がった愛情と利己心。
それに、いつもと違う美容室で今までにない髪型にすること自体が大きな一歩なのだ。それ以上、私がなにか求めてもどかしくなるのは、自発的に目標を描いた本人には大迷惑だなと思った。
"その人らしさを優先すること"は、わかりやすい言葉で簡単そうではあるが、これを生かすことがどんなに素晴らしいことか。
とにかく妹がずっとずっと嬉しそうで嬉しい。
見本を再現するだけなら、腕のある美容師は星の数ほどいるだろうが、きっとあれほど楽しく時間を過ごせたのは友人のおかげだ。
感謝の思いで、実は胸がいっぱいになって泣きそうになった。
妹があまりに友人の発言一つ一つ気に入っていたため、未公開だった珍発言をさらに教えてやった。
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