『Ctrl +C→V』
ニックは直感から、そこそこ重い銃だろうなと思った。銃口はどういうわけか痙攣をずっとやめないが、しかしそれは仕方のないことだろう。
正面の男は、明らかに武器の類の扱いには慣れていそうにない。
自分の顔面から垂直にぽっかりと空いた黒い穴の先には、真鍮の軸に火薬の積められた凶弾が、ニックを睨めつけている。
助走さえあれば飛び越えられそうな程の幅をした、小川を挟んだ距離まで死と接近してみて、初めて気がついたことがある。人間というものはこういうときにこそ、川の流れに耳をそばだててみたりするものなのだ。
ニックもまた、遠くで鳴いている犬の吠え声や、風が木々を揺らしているであろうさざめきに、意識が飛ぶ。
相対する男は、未だに沈黙を続けている。目線の先は常にニックを捉えているけれど、その目に生気は感じられない。できればこの男も引き金を引きたくはないはずだ。
ニックと彼は、完全な対称性にあるけれど、その死に於いては五分五分だった。どちらが先に鉄砲玉を放つかなど問題ではない。両者の凶弾は一寸の狂いなく、そして宇宙の一クロックの中で同時に射出される。
ゲームに巻き込まれたこの男のことを、ニックは自分のことを棚に上げて気の毒に思う。
ニックの右の手が握る拳銃は、真正面右方の銃へ、相対するように向けられている。そっくりそのまま、左右を反転しているかのような構図だ。かれこれ、二時間近くこの姿勢を続けているのだから、大したものだとも思う。よくもまあ、微動だにせず、この奇抜な状態を維持している。
鏡に拷問することが、どれだけ無意味なことか、目先の男は知っているのだろうか、とニックは疑問に思う。
鏡は眼前の男をトレースし、その頭から爪先までのあらゆる動きをコピーアンドペーストする。
ニックの右の腕は、意識の範疇を離れ、指にかかるトリガーの感触はない。いくら相手の筋力に限界が来ようと、ニックが気に止むことではない。鏡の中にして、物理的事象はすべてコピーされた模造に過ぎないのだ。しかし、それは相手にも同じことが言える。ニックは自らの手が微かに震えるのを感じているはずだ。これは限界に近い自分の筋肉の、出力の低下ではないことを祈ることしかできない。そしてその銃口は、そっくりそのまま、自分と同じ顔をした男の額に突きつけられている。
男にほとんど息遣いは感じられない。微震する黒い穴は、生命の血の巡りと筋肉の弛緩と緊張によるものではないかもしれない。
模倣を殺す。
鏡の先に映る光景が、元の世界から離反した意識を持つ前に肩をつけねばならない。それは、この鏡を産み出すまでに技術を先鋭した人類の贖罪だった。
この世界の対峙はゼロ和に収束する。認められた選択肢は、どちらか一者を選択することだけだった。両者が共存する選択はないのだ。観察され、別の意識と認められた時点で、鏡中は新たな世界の構築を始める。世界の総情報量が膨大化することによる、新たな宇宙の開闢を防ぐための措置だった。
ニックと男の凶弾は一方で具現化し、もう一方で仮想化する。
最早、どちらがオリジナルで、どちらがクローンなのかを確かめる術はないのだ。互いにオリジナルであることを願い、引き金を引く。