見出し画像

すがすがしいほどのワル。「後妻業」を読んで

 画像は、今日行った晩夏の海。
 Noteの内容とは全く関係なし!

 父の書棚にあった本、「後妻業」(文藝春秋社 黒川博行 著)を読んだ。どういうつもりでこれを買ったのかは、父にはもう尋ねることは叶わないが、高齢男性として色々と思うところあったのかな。


「爺を騙すのは功徳や」帯のコピーがすでに怖い。

以下この本の紹介文です。

「色で老人を喰う」裏稼業を描く戦慄の犯罪小説

妻に先立たれた後期高齢者の耕造は、六十九歳の小夜子と同居しはじめるが、夏の暑い日に脳梗塞で倒れ、一命を取り留めるも重体に陥る。
だか、裏で小夜子は結婚相談所を経営する前科持ちの男、柏木と結託していた。
病院へ駆けつけた、耕造の娘である尚子、朋美は、小夜子の本性を次第に知ることとなる――。
結婚相談所の男と、結婚したパートナーと、死別を繰り返す女につきまとう黒い疑惑。
恐るべき“後妻業”の手口と実態。
「黒川節」炸裂、欲に首までつかった人々が奔走する。犯罪小説の手練れが、身近に忍び寄る新たな「悪」を見事に炙り出す。
『カウント・プラン』をはじめとするコンゲーム小説、『文福茶釜』などの美術ミステリー、『悪果』などの警察小説、そして直木賞を受賞した『破門』をはじめとする桑原&二宮の「疫病神」シリーズなど、関西を舞台にした数々の作品で、オリジナリティに溢れたテンポある会話と、リアリティに満ちた描写、そして一気に読ませるストーリーテリングの妙で、他の追従を許さない犯罪小説の第一人者・黒川博行による直木賞受賞第一作。

文藝春秋Books 「後妻業」の紹介ページより

 
 怪しい結婚相談所の社長と組んで、財産があって与しやすいと思われる老人をたぶらかし、婚姻関係を結んだり、公正証書遺言を書かせたりし、その財産を吸い尽くしていくプロの後妻業の女、小夜子。しかもただゆっくりと財産が手に入るのを待つのではなく、積極的に老人たちのお迎えを早めている。

 それはいろんな手を使って・・・。
 心臓に疾患がある老人の命綱の薬を胃薬と差し替えておいたり、無理やり散歩させたり、入院中の老人の点滴に細工したり。でもしっかり救急車呼んだりして疑われないようにしている。そもそも被害者は老人なので、脳梗塞になったり急変したりしても、自然なことと世間は見がち。
 犯罪がやっと明るみになるのは、小夜子が結婚と死別を繰り返していたという過去が分かってきてからのこと。

実話がベース?

 この本が書かれた2013年~14年頃、「近畿連続青酸事件」という実在の事件が世間を騒がせていた。
 当時67歳だった犯人の女は、結婚したばかりの夫75歳に青酸化合物を呑ませて殺害。調べると、過去女の周辺で関わった男性10名が亡くなっており、女が数億円の遺産を受け取っていたことが分かった。
 
 この女の写真を報道で見たことがあるが、ふわっとした女性らしい印象でどちらかというと一見お人好しっぽく見える。これは騙される人がいるな、と思った。高齢男性で結婚相手が欲しい人が「この女性なら自分の老後を見てくれるかな」と思ってしまうのも無理はない。

プロの捕食者

 この女も、小説の中の小夜子もプロの捕食者だ。
 法律を熟知し、籍を入れない場合には、家具を運び入れたりし、事実婚としての実績を作る。そしてうまく言いくるめて公正証書遺言を作らせる。(事実婚だと法定相続人にはなれないので、遺言書は必須。中でも公正証書遺言のパワーは絶大。)

 ところで公正証書遺言っていう言葉自体は一般的だけど、実際に作るのは結構ハードルが高い。証人二人を伴って公証役場に行き、遺言の内容を公証人に話さないといけない。
 公証人というのは、裁判官や検事を退官した人が多く、法律のプロ。そんな公証人の前で遺言の意思確認をするのは、普通に割とめんどくさい話だと思う。それなのにターゲットにした高齢男性をそこまで行動させたっていうのは、並大抵の手腕ではない。
(ちなみに私も昔、公証人に法人の定款認証してもらいに行ったことがあったけど、たったそれだけで緊張した。)

 そもそも・・・・生きて行くために「他人を捕食する」っていう選択肢があるのが凄いと思う。普通の人はそんな選択肢が始めから浮かばない。

 更に、小夜子はそれに良心の呵責を全く感じてない。
 
 ターゲットに近寄り、手練手管で落とし、籍を入れたり公正証書遺言を作らせたりしたら、速やかに死期を呼びよせ、相続する。そしてまた次のルーティンに入る。
 何なら一連のルーティンは時期がダブっていたりする。
 
 ほんと清々しいくらいの悪。

 先日読んだ「紙の月」の主人公梨花は、小夜子と比べると100倍くらい可愛げがあった。梨花は流されてああなってしまったところはあるが、小夜子は、流されるどころかカマキリみたいに狩りをしている。

捕食者は身近にいるかも

 私が現在の郊外の家に引っ越してきて、とあることから、近所に連続殺人事件の現場の一つとなった家があることを知った。何ということはない店舗兼住宅だが、いったんそのことを知ってしまうと、前を通るときにやはり怖い。
 そして小説や映画やテレビのニュースの中だけで知る事件が、意外と身近なところで行われていることに背筋が寒くなる。

 普段、普通に暮らしていれば、なかなか被害者になることはないかもしれないけれど、人間はいつか年を取って弱るし、判断力も鈍るし、病気して自分の財産管理ができなくなるかもしれないし、孤独になって、ふと優しくされると心を持っていかれてしまうかもしれないし・・・・やはり罠はたくさんある。

 弱った人のところに捕食者は忍び寄ってくる。

装丁について

 この小説の装丁に使われている写実画は、著者の奥様の手によるものだそう。こめかみの血管が浮き立ち、何かうめき声を上げそうな、または何かを叫ぼうとしているような、恐ろしいほどの印象を残す絵。
 奥様の黒川雅子氏は日本画家だけど、これは日本画の画材ではなく、アクリル絵の具を使っているのかな。
 ご夫婦で共著になるなんて、素敵だ。

 まだ残暑が続いているので、現実と地続きなこのサスペンスを読んで、どうぞヒヤッとしてください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?