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足し算する自己学習 | 現実的なプロセス

こんにちは。

なぜ、シンボリック・モデリングでは、問題に焦点をあてないか、そういえばその理由を書いていなかったことに気づきました。

本日はそちらを。

理由は、「問題を解決するより、学習する方が好きだから」です。

誰がか?
開発者が。
私も好きです。

彼らの考えでは、「問題を解決するときに必要なことと、学習するときに、人がやる必要があることは同じ」です。

シンボリック・モデリングの開発者のひとりは、元々エンジニアで、大手通信会社で開発に関わっていました。もう1人は、石油関係企業のオーナーでした。

シンボリック・モデリングのセッション中のクライアントの体験は非日常の塊です。空想と現実が入り混じる、物理法則無視のちょっとしたワンダーワールドです。けれど、クライアントにセッション後に起きることが非常に現実的です。

私がクリーンランゲージの開発者、デイビッドがしていたような癒しのためのクリーンランゲージではなく、自身がシンボリック・モデリングを選択している最大の理由はこれです。私は、人の現実に興味があります。

その理由は…
*現実がどう見えるかは、ある程度は、心が生み出す映し絵のようなものだと考えているから。
*人は、精神だけではなく、肉体を持った存在で、心だけでは幸せを感じられないから。
*選択するタイミングに注目しているから。どんな選択かも重要だけれど、いつ選択するかで変わることも多いから。

シンボリック・モデリングが現実的なのは、この2人が、カウンセリング・ルームの中ではなく、現実の社会の中を生きる人たちだった影響がかなり大きいと考えています。彼らは絵に描いた餅を好まなかったということでしょう。

現実は実際問題、問題だらけです。
自分に問題がなくても、周囲に問題を抱えた人はいくらでもいて、そのために、自分の人生に疲弊している人もいるかもしれません。

シンボリック・モデリングが特徴的なのは、「問題を抱えたままで、望む結果を考える」ところです。現実にある状況そのままで話を始めることです。

「もしも、その人が、問題が存在すると望めないのであれば、その人はおそらく、ファシリテーターの助けなしにセッション後に望むことは難しいだろう。そして、そこにファシリテーターはいない」というこれまた、ひじょ〜に現実的な発想がそこにはあります。

言い換えるなら「問題を抱えたままでも望めることに気づく」のをファシリテーションしています。「問題を抱えたまま望む練習」とでも言いましょうか。そして、「問題に深入りしないやり方」をプロセスで実践しています。

そして、さらにこれが特徴ですが、シンボリック・モデリングは「自己学習法」です。

それで実際にもよくありますが、何回かセッションを受けると、クライアントは、自分でセッション進行しはじめます。もはや、ファシリテーターはほとんど必要ない。
ただ、そばにいて、その人の注意が逸れないようにだけ、その人が安全に安心していられるように場を守るくらいしかやることがないこともあります。

そういう時口にするのは、最終的には、「そして」と「クライアントの言葉そのまま」、そして、本当に少ない質問

余談ですが、この状態が最もクリーンな状態だと言われています。ファシリテーターのクライアントの思考や世界への関わりが少なければ少ないほど、そのセッション効果は高いと、クリーン界隈の人々は信じています。実際そうですし・・・これを「Less is More」とデイビッド・グローブはよく言っていたらしいです。

クライアントが、自分のシステムを自分で調整し、自分で自分の最適な使い方を学びます。
そして、それを見守り、クライアントがそれを身につけるのを手伝うのが、ファシリテーターの仕事です。

人材育成の要素も盛り込まれているように思います。

シンボリック・モデリングのセッションは、ファシリテーション・スタイルですが、現実に行動として跳ね返る確率が非常に高いです。

例えば、「その気はあるけど体が動かない話」は、溢れています。
小さなことなら、部屋が片付けられない。
仕事を溜め込む。
こうすればいいとわかっているのに、体が動かない。
こうしちゃいけないとわかっているのに、体がいうことを聞かない。

その先に、望むものはなんでしょう?

望む結果を手に入れるのに、必要なのは、この場合、その気なのか、体が動くことなのか?

シンボリック・モデリングは、体が動くためには何が起きればいいのか、に焦点を当てています。

「身体化」という作業がこれに当たります。このための質問は、最初に習う4つのうちの一つ。
学習者さんは声を揃えて〜・・・絶対に知ってますよ。はい、せえの。

「そして、それはどこにありますか?」

やりたいことなのに、やる気もあるのに、体が動かない。

私のこれまでの経験だと、それは「考え方というよりは、内側のやり方の話」のことが多いです。

体と心が協力体制を取れておらず、また、そのやり方を知らない。

性格や気質だとか、考え方だとか、そういうことではなく、ただ「やり方を知らない」それだけのことがものすごく多いです。
やり方ですから、考えてもどうにもならないんですね。やってみないと。
試してみないと・・・。

シンボリック・モデリングは、この「やる」「試してみる」の部分が可能になっています。心と体に同時にアクセスするからです。

それを可能にしているものは。
はい、学習者さんは声を揃えて・・・・

メタファー!

思考と感情、行動が調和するやり方を学習する」、問題を解決するためでもなく、癒されるためでもなく、ただ、その人の未来のために。その人が好きなやり方でやる方法を創り出す。そのために必要な変化の条件を整える

シンボリック・モデリングでやっていることは、そんなことの支援です。

結果的に、癒しが起きることもありますが、癒しというラベルはそこに貼られていません。シンボリック・モデリングでは、そこに「変化」というラベルを貼っています。

理由は、癒やされたかどうかが、ファシリテーターにはエビデンスがわからないということがひとつ。クライアントが口でそう言わないなら。
けれど、クライアントの言葉やメタファーが変わったことは、ファシリテーターにも確認できます。

クライアントがする体験の種類を、徹底的に、ファシリテーターが決めつけられないようにしてあります。例えそれが、癒しでも。
貼るラベルは、その人がそれを好きかどうか。
そして、すでにそれはあるのか、ないのか。

癒しラベルを使用しないもう一つは、シンボリック・モデリングは足し算の技法だから。傷すら、取り去ろうとはしないから。
クライアントの世界にある全てを尊重するから。

そして、それが現実だから。

言葉を変えるなら、未来は癒そうとしているかもしれません。
過去には持たなかったリソースを、過去から生み出すことで。
過去の経験から学んだことを活かそうとすることで。

シンボリック・モデリングでは、問題ではなく、その中に潜んでいるかもしれないリソースには、目を光らせています。

そして、その人が持つパターンや習慣、選択のタイミングにも注目しています。構造の根っこの変化に注目します。

それらを、クライアント自身に学習してもらいます。

シンボリック・モデリングは、学習サポートの技法でもあるかと思います。

クライアントにも、ファシリテーターにも。

私の思いは、また別に。

では、また。


私の思いはこちらから。


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