【掌編小説】ミノダさんの手紙 【2000字のドラマ】
ミノダさんは町の図書館にいる。ミノダさんの目つきはきつい。
ミノダさんの背は低いから後ろ姿は子供みたいだ。
ミノダさんはよく物にぶつかる。
ミノダさんの目は悪いわけじゃないから、単に不注意なのかもしれない。
ミノダさんは真面目で無口、がんばって話すとき耳の先が赤くなる。
ミノダさんは少し小心なのかもしれない。
ミノダさんはからかわれるとまた物にぶつかる。
お話し会の担当の日が、ミノダさんは憂鬱だ。
ミノダさんが読み聞かせる時は、どうも子供たちの集中が続かない。
この仕事に就くまで、ミノダさんは子供に接する機会がなかった。
好きになれるかと思っていたけど、逆に嫌いになってくる。
加減を知らない、調子乗りの、そのくせ打たれ弱くてすぐ泣く子供たち。
いつもミノダさんはあせってしまう。
落ち着いて相手を見れば、わかることもあるはずだけれど。
例えば彼ら彼女らを、自分に似ている、と思えれば、やりようもあるはずだけれど。
ミノダさんには余裕がない。我を振り返る思慮深さもない。
「気にしないでいいよ」
先輩のシオミさんは言う。シオミさんには貫禄がある。
「自分ができるようにやればいいの」
ミノダさんには自信がない。自分がこの仕事に向いているとも思えない。
「頼りにしてるからね」
でもミノダさんはおだてられるといい気になる、調子のいいところもある。それでなんとなく今まで続いている。
ミノダさんは単純で丸め込まれやすい。だけどミノダさんは頑張り屋。
「もっと練習しないとだめですよ」
後輩のツルタさんは突っかかる。ツルタさんは後輩で年上だ。ビジョンもあるし熱意もある。
「飽きちゃう子に気付いてますか? 本と周りと両方見てます? そらで読めないんですか? やる気ないんですか?」
ツルタさんの理詰めの攻撃に、ミノダさんは言い返せない。ミノダさんは考えをぱっと言葉にできない。
子供たちを監督すること、楽しませること、一緒に楽しむこと。楽しい空気を作るには、子供たちの輪に入るには……。
耳を赤くして説明しようとするのだが、大抵うまく伝わらない。いらだって思わずきつい言葉を使ってしまう。そういう言葉ばかりが刺さり、ツルタさんはいきり立つ。
「まあまあ」
シオミさんが間に入る。
「まあ、何ですか」
ツルタさんは先輩をにらみつける。
「まあまあ」
シオミさんは受け流す。
ミノダさんはもう固まってしまう。
家に帰ってから、ミノダさんはくよくよ泣く。
人にもう少し優しくしたいし、ふわりと柔らかく付き合いたい。
仕事に対して熱意を持ちたいし、信じる道をつらぬきたい。
なのに同じ失敗をする。足踏みしたまま、進歩のなさに愛想が尽きる。
ミノダカイという、やけに殻の固そうなこの名前にまで嫌気がさす。
小さい人間だと自分でも思う。
小さいことで悩んでいる自分が、また嫌になる。
アパートの窓を開けて、晴れた夜空を見上げてみる。
悩みごとがある時、ミノダさんの母親もよくそうしていた。
母親には全然会っていない。18の時、売り言葉に買い言葉で町へ飛び出してきたミノダさんは、実家を捨ててきたようなものだった。
ミノダさんは今年27歳だ。ミノダさんの貯金はなかなか貯まらない。
貯まったとしてどうだというのだろう。
ミノダさんはひとり。
夜空が広く果てしないだけ、空の底に囚われているみたいに思えて、ミノダさんは余計に息苦しくなった。
ツルタさんが仕事を辞めるそうだ。
自分とシオミさんのせいかもと、ミノダさんは落ち着かない気分になる。
だけどよくあることだ。図書館は人気のある職場だけれど、座って読書できるでもないし、本は重いし来館者に気も使う。夢と現実の落差は大きい。
よくあることだが、ミノダさんはいつも取り残された気分になる。
年を重ね経験を積むごとに、後戻りができなくなっていくようにも感じる。
最後の日、ツルタさんはミノダさんに手紙をくれた。シオミさんも笑って受け取っていた。
手紙には晴れ晴れとした感謝と励ましの言葉があった。ステップアップしてやりたい仕事に就けるそうだ。
これもよくあることだった。
いなくなる方はきれいに去れる。
後に残る方は……?
ミノダさんは手紙をロッカーの奥に取っておく。
やめていった仲間たちの手紙は、そこに全部取ってある。仲が良かった人のも、大げんかした人のもある。
読み返すわけでもない、連絡を取るわけでもないけれど、ただ積み重ねて取ってある。
ミノダさんのそれぞれの時も止まってそこにある。
飲み込んだもの、飲み込めなかったもの。
特に意味も価値もない、ミノダさんの大事なもの。
ミノダさんがいつかここを離れるまで、ミノダさんの時は静かに積み重なりつづける。
ミノダさんは図書館にいる。仕事だから。
それ以上のことはミノダさんには言葉にできない。
子供が一人、本をどっさり抱えてくる。ミノダさんはみがまえて。
カウンターまで到着した子供に、ミノダさんはぎこちなくも笑顔をつくる。