ダニエル・ハドソン引退
ダニエル・ハドソンの活躍について、ナショナルズ時代の話をメインにナショナルズファンの視点で備忘録みたいに書きました。
先発だった時代
今でこそリリーフとしての実績がフィーチャーされるハドソン
かつては先発投手でした。
2011年には33先発、222回を投げて防御率3.49という素晴らしい成績を残したこともあります。
2度のトミージョン手術
ですが翌年の2012年7月に、右肘の靱帯を断裂したことでトミージョン手術を受け、2012年の半分と2013年全体をリハビリに充てました。
さらに2013年6月、マイナーでのリハビリ登板中に右肘靱帯の損傷が再度見られたことで、2回目のトミージョン手術を受けました。
1年の間に2度もトミージョン手術を受けることになってしまったのです。
結果的に復帰したのは2014年の9月とかなり遅れてしまいました。
ハドソンは、リハビリについて以下のように語っています。
2度のトミー・ジョン手術を受けたことで約2年間も実戦から遠ざかったハドソン。しかし復帰後は毎年60~70登板を見込めるリリーフとして復活を遂げました。
15年~19年までの成績
その中でも特に印象的なのは2019年でしょう。
開幕をブルージェイズで迎えたハドソンは、45試合で防御率3.00と悪くない成績を残したことが評価され、トレードデッドラインでワシントン・ナショナルズへと移籍しました。
当時の印象としては、そんなに良い印象は持っていないトレードでした。
というのも、当時のトレード市場においてトップ評価を得ていたシェーン・グリーンやカービー・イェーツらと比べると、ランクは下がる投手だったからです。
ですが、ナショナルズ加入後は防御率1.44と良い意味で期待を裏切る活躍をしてくれました。特に当時のナショナルズのブルペン陣は、防御率5.68 でMLBワースト2位とコンテンダーとはとても呼べないほど酷い陣容でした。
それゆえ、信頼できるリリーフが加わったことは本当に大きかったです。
ポストシーズンでの活躍と父親リスト
ナショナルズはハドソンをクローザーに起用。
ハドソンもその期待に応えます。
MILとのワイルドカードゲームでセーブを挙げたのを皮切りに、LADとのディビジョンシリーズでは3試合に登板し、いずれも無失点に抑えました。
特に第2戦では満塁のピンチを迎えたり、第5戦ではウィル・スミスにあわやサヨナラホームランかという打球を打たれたりと、ナショナルズファンの心臓を抉りにくるピッチングでしたが無失点で抑えてくれたのでOKです。
ナショナルズ史上最高の試合の1つ↓
↓ワイルドカードでのグローブ投げ
そして、NLCSが始まろうかいう直前にある一報が入ってきました。
ハドソンが第3子の出産に立ち会うために、NLCS を何試合か欠場するというものでした。(いわゆる父親リスト)
巷では、プレーオフの真っ最中にもかかわらず試合に出場しないことは、プロフェッショナルとしてどうなの?みたいな議論もあったことでしょう。
当時の私はハドソンの離脱は仕方ないものと思いつつも、ただでさえリリーフの層が薄いのにハドソンが抜けるのはあまりにも痛すぎると頭を抱えていた記憶があります。
一方ハドソンは当時のことをこう語っています。
ハドソンの第3子が生まれたのはNLCS第1戦が行われる日の早朝。
それすなわち、第1戦には投げられないということでした。
ですが、チームはそれを受け入れていました。
マイク・リゾ-GMは、「決断を下すのは簡単だった。ハッピーな選手は良いパフォーマンスを見せる。我々は仲間を大切にしなければならない。家族のように扱わなければならない。そして重要なことは、ナショナルズファミリーに新しい小さなメンバーが加わったということだ。」
ハドソンとともに勝ちパターンを担っていたショーン・ドゥーリトルは、「誰かが赤ちゃんを授かったときに、"おめでとう。皆が健康でありますように。" 以外のリアクションは存在しないだろう。」
翌日の第2戦が始まる前、球場に到着したハドソンはチームメイトのみんなとハグやハイファイブをしました。チームメイトたちはハドソンを受け入れていたのです。
そしてNLCS第2戦に登板したハドソンはしっかりセーブを挙げたのでした。
その後チームは4連勝でNLCSを突破しワールドシリーズへ駒を進めます。
↓NLCSでもグローブ投げ
ワールドシリーズはナショナルズファンの心をこれでもかと揺さぶってきました。
敵地ヒューストンで2連勝したのもつかの間、ホームで2連敗を喫して迎えた第5戦。この日はアストロズの先発ゲリット・コールが本当に素晴らしいピッチングで、ソトのホームランの1点のみに抑えられます。
そして1-4で迎えた8回に、逆転の可能性に賭けてダニエル・ハドソンが登板。しかしながら、2ランホームランを打たれるなど3失点し逆転の可能性が消滅。ナショナルズは2勝3敗と追い詰められてしまいます。
第6戦はストラスバーグの9回途中まで投げる力投でリリーフの温存に成功。シリーズをタイにします。
そして迎えた第7戦。6-2でリードしたナショナルズは9回、ダニエル・ハドソンを投入。
先頭のジョージ・スプリンガー、内野フライ。
続くホセ・アルトゥーベ、4シームで空振り三振。
最後はマイケル・ブラントリー、スライダーで空振り三振。
試合終了。
ダニエル・ハドソンのグローブ投げとともに、2019年のナショナルズは歴史にその名前を刻んだのでした。
ダニエル・ハドソンが2019年シーズンについて話してます。よろしければどうぞ。
ポストナショナルズ、そして引退
その後、2021年TDLにおけるナショナルズのファイヤーセールに伴い、ハドソンもパドレスへと移籍。ナショナルズの黄金時代は終わりを迎えたのでした。
その後のドジャース時代には膝の靱帯断裂により1年全休するなど、再び試練が訪れましたが、今シーズン再び復活し、65試合に投げて防御率3.00と活躍する力があることを示しました。
PSでも7登板中5登板で無失点に抑えるなど活躍し、ドジャースのワールドチャンピオンに貢献しました。(ワールドシリーズのアレには触れません)
そして2度目のワールドチャンピオンを機に引退を表明。
"This was the only reason I came back ーto go out on top. And that's what's happening."
「ワールドチャンピオンになる、そのために帰ってきた。そしてワールドチャンピオンになったんだ。」
大きな怪我から幾度も復活し、家族のためチームのために投げ続けたダニエル・ハドソン。
お疲れさまでした。ありがとうございました。
ナショナルズでの活躍は絶対に忘れません。
参考文献
ワシントン・ポスト
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