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来週の相場見通し(10/7~10/11)② (米国大統領選関連)

【米国大統領選関連】

(1)2020年大統領選挙のポイント

米国大統領選まで残り1ヶ月である。今年の大統領選は、バイデン大統領の突然の撤退、トランプ氏への暗殺未遂も含めて、色々と後世に語られるものになるだろう。
まずは、前回の2020年の大統領選のポイントを簡単に振り返っておこう。下にまとめたように、前回の大統領選は、バイデン氏が激戦7州のうちの6州で勝利し、激戦州の選挙人79人をゲットすることで、選挙人獲得数306人となり、トランプ氏に勝利した。敗北したトランプ氏も、全米で7400万票を超える票を獲得した。バイデン氏の勝利のポイントは、投票率の上昇にあったとも総括されている。2016年の投票率から+6.6%も引き上げることに成功したのだ。つまり、これまで選挙に行かない層を啓蒙し、選挙に行かせたのだ。なんと前回の66.7%という投票率は120年ぶりの高水準であり、単純に計算すると1500万人以上が新たに投票に行ったことになる。

また、上のポイントとして、白人でプロテスタントの72%がトランプ氏に投票したという結果は、重要だと思われる。つまり、トランプ氏を支持したのは、ラストベルトの取り残された白人層だけではないということだ。米国は、長期的な視点では白人がマジョリティーから、マイノリティ集団に移行する過程にある。2019年時点でも白人は、全人口の6割を割り込んでいる。こうした白人の焦り、米国が白人の国ではなくなっていくという危機感は、投票行動の深い部分に根差しているのかもしれない。

さて、激戦7州の過去2回の状況は以下の通りだ。2020年はジョージア州では僅かに0.2%差であるなど、どの州も僅差でのバイデン勝利となった。だからこそ、激戦州と呼ばれるのだ。

(2)激戦州の状況

今回の激戦州の動向を確認しておこう。実は、今、激戦州も含めて大きな変化が起こりつつある。それは、8月に盛り上がったカマラ・ハリス氏の勢いが失速し、トランプ氏がじりじりと挽回しているのだ。その理由は後ほど解説する。下の表は9月後半の激戦州の状況と、直近の状況を比較したものだ。リアル・クリア・ポリティクスの支持率だ。9月後半は青色の網掛けが示すようにカマラ・ハリス氏が5州でリードし、トランプ氏優位は2つの州だった。しかし、直近ではカマラ・ハリス氏が3州、トランプ氏も3州、そして最も重要なペンシルベニア州はイーブンになっている。何が起こったのだろうか?

(10月4日現在)

カマラ・ハリス氏の勢いが失速し、トランプ氏が追い上げている要因は2つある。1つは、単にカマラ・ハリス氏のご祝儀的な期間が終了したことだ。バイデン氏が降板し、ハリス氏に候補者が変わり、民主党大会は大いに盛り上がった。このご祝儀ムードの流れの中では、何もかもハリス氏に優位だったのだが、そうしたプレミアムが自然に消えていったということだ。そもそもカマラ・ハリス氏はミシェル・オバマのような人気者ではない。むしろ、史上最も支持率の低い副大統領であったのだ。夏場の盛り上がりは、本物と評価するのはまだ早いだろう。
もう1つの要因が、オクトーバー・サプライズだ。大統領選の10月は、不測の事態が発生しやすく、「オクトーバー・サプライズ」として知られている。そんな中で、今年も既にオクトーバー・サプライズ的な状況が発生している。1つは、ハリケーン「へリーン」の大被害である。

この「へリーン」は、今回の米国大統領選の激戦州であるジョージア州、ノースカロライナ州に直撃し、甚大な被害を引き起こしている。死者数も増えており、災害の規模としては2005年の巨大ハリケーン「カトリーナ」に次ぐレベルだ。このへリーンがフロリダ州に上陸したのが9月26日、そこから1週間で各地へ甚大な被害を及ぼしていくことになる。その間にバイデン大統領、カマラ・ハリス副大統領は何をしていたのか?カマラ・ハリス氏は27日にアリゾナ州ダグラスの国境の町を訪問していた。国境対策、移民問題に取り組んでいる姿勢をアピールしていたようだ。間が悪かっただけでなく、その国境フェンスを颯爽と歩く服装も批判の対象になった。首元に6万2千ドルのティファニーのネックレスをしていたからだ。「国境を訪問し、貧しい人々が押し寄せる移民問題を扱う際に、6万2千ドルのネックレスを着用する理由は何か!」、「高価なネックレスは家に置いておけ」などとネット上では厳しい意見が吹き荒れたのだ。

「ガラスの天井」という言葉がある。女性のリーダーがトップに立つ際の見えない壁みたいなものだろう。とりわけ、米国大統領は危機時の対応が重要だ。本来、性別は関係ないものの、有権者は「女性に米軍の最高司令官が務まるのか?」、「災害等の厳しい局面でリーダーシップを発揮できるのか?」という疑念を抱いている。こういう災害時ほど、カマラ氏は全面に立って、活躍しなければならなかった。過去では2001年のナイン・イレブンの直後に、ブッシュ大統領が被害現場でヘルメットを被って演説する姿は印象深く、支持率を大きく上げた。2012年のハリケーン「サンディ」襲来時のオバマ大統領の対応も称賛された。そういう意味では、トランプ氏は9月30日には被災地に素早く入り、インフラ復旧のために、イーロン・マスク氏の衛星通信「スターリンク」を被災者が使用できるように手配するなど、この状況を巧みに利用した。結局、その数日後にバイデン氏やハリス氏も被災地に視察を訪問したが、遅れた行動は評価されないのだ。こういう災害時の対応の差が、トランプ氏の巻き返しの1つの要因だろう。

もう1つは、中東リスクだ。中東リスクは別途取り上げるが、イスラエルはレバノンに地上部隊を派遣し、これをバイデン政権は止められなかった。また、イスラエルは激しい空爆を展開し、ついにイランを戦場に引っ張り出すことに成功した。このことで米国も参戦せざるを得ない状況になっている。これも現職陣営には不利であり、トランプ氏には有利だ。トランプ氏は大きな声で騒いでいる。「私が大統領なら、こんな酷いことは起こっていない」、「こうした中東の混乱が加速するのは、米国の大統領が侮られており、リスペクトされていないからだ」トランプ氏のこういう言葉は、平時では虚しい響きがあるが、事態がエスカレートしてくると、それなりに重みをもって効いてくるのだ。
もう一つ港湾ストライキ問題もオクトーバー・サプライズになりそうであったが、これは来年1月までストライキが中断されたことから、今回は割愛しよう。

(3)大統領選挙のシミュレーション

今回の大統領選挙では、議会の上院選挙では共和党が勝利することがほぼ確実視されている。上院の改選は34議席だが、共和党は11議席しかなく、民主党が23議席もあるからだ。そして、ウエストヴァージニア州のマンチン議員が引退を表明したことから、この後任は共和党議席となる見込みであるほか、モンタナ州などで共和党が勝利する可能性はかなり高い。下の図のように現在の上院は民主党が51議席で共和党が49議席なのだが、選挙後には共和党が51議席、民主党が48議席、1議席は不明と見られている。不明議席を民主党が獲得しても、結局は共和党が勝利することになる。


(現在の上院議席構成)

下のような状況になると見込まれている。

(上院の選挙結果予想)

つまり、我々が想定するシナリオは、下の4つのパターンで良いということだ。まず、市場にとって最も良いシナリオは、大統領がトランプ氏になり、上院が共和党、下院が民主党となるパターンだ。この場合、トランプ氏の掲げる政策のなかで極端なものは議会で通らないため、バランスが図られる。財政拡張も制限されるため、米金利が急上昇するリスクも小さくなるだろう。その上でリナ・カーン連邦取引委員会委員長や、レモンド商務長官、ゲンスラーSEC委員長などが交代になることから、株式市場はM&A期待や規制緩和期待等で大きく上昇すると思われる。

カマラ・ハリス氏が勝利して上院が共和党、下院が民主党とる場合は、ねじれ議会となるが、上院は要職の任命権を持つため、ハリス氏は政策運営が難しくなるだろう。カマラ・ハリス氏の政策も、結構やばい公約が多いため、極端な政策が阻止されることで、株式市場、債券市場ともに、そう悪いことにはならないと思われる。

トランプ氏が大統領となり、上下両院も共和党となる場合は、トランプ氏の力が強くなり過ぎる怖さがある。共和党=トランプ党の流れが確定することから、トランプ氏が暴走するリスクがある。債券市場は財政拡張政策への懸念からタームプレミアムが上昇して、悪い金利上昇となるだろう。株式市場は、あまり金利上昇が激しいと、崩れることになる。

最後は、ハリス氏が勝利して、上下両院が共和党の場合だ。この場合は、4年間に渡り、ハリス氏は完全にレームダック化する。それだけでなく、トランプ氏が選挙結果を認めずに、米国の民主主義が脅かされる可能性もあるし、上院・下院はトランプ氏の影響力のある共和党が占めるため、実質的にはトランプ氏が相当な力を持つ。トランプ氏の体力次第では、2028年の大統領選に出馬するとか言い出す可能性がある。これは最も不透明要因が高くなるシナリオだ。

私としては、「ねじれ議会」となることを願うばかりだ。つまり、上院を共和党が取得するなら、下院は民主党になってほしい。ニクソン大統領以降の過去50年以上の大統領と議会の構成によるS&P500のパフォーマンスを以下にまとめてある。明確なことは、米国においては「ねじれ議会は、マーケットにプラス」ということだ。日本とは異なり、米国は経済も強く、潜在成長力も高い。景気後退や非常事態を除いては、政府があまり出しゃばらずに、市場に任せてくれたほうが上手くいく国なのだ。

(4)両候補の公約と大統領選のポイント

まずはカマラ・ハリス氏の公約であるが、やはり志向するのは大きな政府であり、かなりの資金を必要とする。その財源は、富裕層と大企業に負わせるというのが基本的な考え方だ。米国史上で最大の増税政権になるとも懸念されているが、一方でスタートアップ企業の支持は取り付けているようだ。
今回、米国では港湾ストライキが発生した。とりあえず来年1月までストライキは延期になったことで、米国の物流網や年末商戦への影響は小さくなった。しかし、バイデン大統領はストライキを強制的に終わらさせる権限を持ちながら、労働者サイドに立って応援していた。これが基本的な民主党政権の姿勢であり、企業よりも労働者を保護する。それが行き過ぎれば、経済は混乱するだろう。但し、先にも指摘したように、今回の選挙では、上院は高い確率で共和党が勝利する。つまり、カマラ・ハリス氏が勝利した場合でも、良くて「ねじれ議会」となることから、極端な増税政策などは、全く実現しないだろう。それは市場においては安心材料だ。

(ハリス氏の公約)

次にトランプ氏の公約だ。恐らく最も心配されているのは、普遍的基本関税の導入であろう。全ての国に10%、中国には60%の関税を課すというものだ。この政策はトランプ氏の世界に対する交渉の「脅し」として、温存されるのではないだろうか?本気度合いはよく分からないが、トランプ氏は株高に拘る大統領であることから、株安になるような政策をダイレクトに採用することはないだろう。

最後に大統領選のポイントを整理しておく。市場ではトランプ氏が大統領になると不透明感が強く、カマラ・ハリス氏なら安心というムードがあるが、それは疑問だ。少なくとも、トランプ氏は既に1回大統領を経験しており、我々もトランプ政権の傾向をよく知っている。一方で、カマラ・ハリス氏については、何も知らないのだ。ハリス政権がバイデン政権の単純な延長線上にあると考えるのは間違いだ。私は、ハリス政権も相当に不透明感は強いと思う。ところで、バイデン氏が大統領選を撤退していなかったら、共和党は簡単に「トリプル・レッド」を実現しただろう。少なくとも、ハリス氏が登場したことで、大統領選は接戦に持ち込んだし、議会では下院を民主党が抑える可能性も出てきた。すなわち、ハリス氏の存在で議会は「ねじれ議会」となる可能性が高まったのである。

市場ではトランプ氏が大統領になると財政赤字が拡大すると見込む向きが多いが、カマラ・ハリス氏も相当な財政拡張政策を主張している。2030年等までの中長期では、明らかにトランプ氏のほうが財政を悪化させるものの、2025年や26年などに限りれば、両候補の差はそれほど大きいものではない。つまり、米国はどちらの大統領でも財政を吹かすのである。大統領選が終わると、25年度予算と年末に期限が切れる債務上限問題が市場の主要な議題になるだろう。議会の構成によっては、交渉がまとまらずに、米国債の格下げリスクが台頭してくる可能性もあるだろう。トランプ氏が勝利した場合は、まずはウクライナ戦争や中東戦争をどのように平定するのかに注目したい。

明日は中東問題と日本の新政権、日本株と為替相場を取り上げるつもりです。良い週末を。


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