恩送り
ついこの前さ、いい天気だったからぼーっと散歩してたんだよ。
良い季節になったなぁなんてさ、思ってさ。
家からだいぶ離れた大きな公園について、ぶらぶら散策してたんだ。
そしたら、前を通ったおばあさんが小さなタオルを落としたんだよ。
おばあさん全然気づかないから、拾って、「落としましたよ」って渡したんだよ。
するとさ、おばあさんすごく喜んで「孫にもらった大切なタオルなの、ありがとう」って。
何度も何度もお礼を言って頭を下げてくれるんだよ、そんな大したことしてないのにさ。
天気がいいこともあってか、なんだかいい気分になってさ、良いことをすると自分に返ってくるなんて言うけど、こういうことなのかもしれないなぁって思ったんだよ。
そんなこんなで、だいぶ歩いたし、ちょっと休憩でもしようってベンチに座ったんだけど、その時に「あれ?」と思ってよ、おしりのポケットを触ったんだよ。
そしたらさ、無いのさ、財布が。
いやぁ、焦ったね、焦った。あの時の俺、誰が見ても真っ青になってたと思うね。
その財布ってのがさ、ただの財布じゃないんだよ。
うちの可愛い可愛い娘が作ってくれた、俺のマスコットが付いてるんだ。
ちょっと不格好なんだけど、それがまた可愛くてさ。
お守り代わりに付けてたんだよ。
だから余計に悲しくて悔しくてよぉ。
ベンチの周りも探したし、今来た道も戻ってみたりして探したんだ。
確かさっき缶コーヒーを買った時はあったんだから、失くしたのは公園内だと思ってさ。
でも、いくら探しても見つからない。
もう本当にがっかりして悲しくてさ、ベンチにうなだれてたんだ。
するとさ、「どうしたんですか?」って、声がするわけよ。
顔をあげると、20歳前後ぐらいの清潔感のある青年が立ってるわけ。
俺も焦りと悲しみと不安といろんな感情で自分が抑えられなくて、財布を失くしたんだって素直に話したんだよ。
話してるうちに泣けてきちゃってさ、前見てられなくて、うつむいてたら、その青年が1000円札を出して、俺に渡そうとしてきたんだよ。
「それは大変でしたね、少ないかもしれませんが、お貸しします」って。
「いやいや、そんな受取れないよ」
「いいんですよ、僕、さっきとてもいいことがあったんです。だから恩送りということで」
これがまさに善い行いは自分に巡り巡ってくるということか!と思って、ありがたかったねぇ。
「ありがとう、助かります、いつか必ず返します」ってありがたく受け取って、また顔を上げたんだ。
するともう青年は後ろ姿で。結局顔は見れ無かったけど、良い青年だったなぁ。そう思いながらずっと彼が小さくなるのを見てたんだ。
そしたらさ、彼のおしりのポケットに見慣れたあの不格好で可愛いマスコットが揺れてたんだよ。
まさか!と思って急いで立ち上がったんだけど、ハッと気づいたんだ
「ああ、これが恩送りってやつか…でも…受け取る相手を間違えたなぁ」って。