企画投稿小説「祈りの雨」
こちらは『 #山根あきら 』さんの企画への投稿作品です。
企画立案ありがとうございます。
ルールは以下です。
たまたま、
残り、3匹まで絶滅しかけたミツバチが、
太平洋の真ん中で頭をぶつける確率も、机上論としては、なくはないのである。
「時間ですよ。良い天気とは言えませんが、この地球を案内できること。星の代表の方々相手へ、この地球の人間として、以前に、あなたがたを僕が地球に案内できること。嬉しく思います」
「はは。いや、さながら、同意です。私もあなたを好ましく思う」
そう言い合いながら僕は装置のパスワードを外し、カプセルを開ける。彼が手を上げて話すと、テーブル席についていた他の来賓客が残念そうな言葉を発した。しかし、文句を言いながらも、どやどやと中に入っていく。
その席でするよりよほど有益な会話を、心待ちにしながら。
見ず知らずの他人だった僕と彼らは、長旅を経て水入らずとも言うべき仲になっている。特に代表は、僕のすることなすこと、傍にいるほど━━じきにわかったが観察するため━━、今や興味津々に、僕が大好きということで、仲良くさせてもらっている。
「3番閉じました。4番カプセル、閉じまーす」
ガコン、ピピピ、プシュー、クッション。
「いいなあ。私も触ってみたいです」
「とても細かくできているので、お手を触れないようお願いします」
「しかしさながら、技術も文化です」
「後で出来ますよ」
「オー、エム、ジー」
「どこで覚えたんですか、その単語」
思わず吹き出す。
笑いながらも、5番カプセルを閉じるためのパスワードを打ち込み始める。
曽祖父がかつて設定した14桁のパスワードは、やっと僕の世代で正式に使用された。
長かった、のだろう。僕はまだ若いので、実感がない。僕は、彼らを1年かけて地球に運び込むためだけに育てられたようなものだ。そのような育ちが一般的でないことは知っているが、その他の将来という物を知らない。
あえて言うなら、もう一度、14桁パスワードを押せればいいと思う。
頑丈だがお固い彼らの体をクッションが包んでいく。
さすが一度ブラックホールを目の前にしただけはある。
「船長。***、えー、あー、さしずめ10番さんが、『星の姿が地図と違う』と言っていますが?」
僕は言葉を受けて、コックピットから身を乗り出し、母星を観察する。
忘れていたが、台風の時期だった。受け取った気象図からそれも察せないとは、少し浮世離れしてしまったようだ。日本の上をもくもくと雲が渦巻いている。
「『地上』の作りは、同じですから、安心してください、とお伝えください。『地上』と『宇宙』の間に物質…うーん、物質かな、物質か…、とにかく、あるんです」
「なるほど。さしあたって、空の間に、何か敷いて模様替えしているといったところかな。我々の空は不変だった」
興味深そうに彼は頷く。
空を模様替えできるほど、地球は技術発達していないが誤解が起きたらその時に専門家が説明するだろう。
それに、そんな技術があったとして、使うこともなさそうな気もする。
「ああ、そうだ」
僕はふと思い返す。
「5番カプセル閉じます。その後6番カプセル閉じまーす。何かまだ質問ありますかー」
「なさそうでーす」
代表が勝手に答えたので、6番の来賓が笑ったのが聞こえた。僕は少し間を置いて、本当にないらしいのを確かめ、5つ目のパスワードを入力していく。
入力しながら、
「良い天気、と言ったのを覚えていますか」
「天気。テンキを初めて聞いた時は、さほど驚きませんでしたね」
そう言いつつも、彼はその後浮かんだ興味をきらきらと発しているので、改めて話す。待ち時間、指を窓の外に向けながら。
「あの、指摘された、白い地域では風、コレですね、それがとても強いです。今の天気を、好ましくない、と我々は言います。あの外ではあまり風と雨は強くありません」
風が出るように、手を、ぱたぱたと振る。それを受けて彼は体を小さく震わせる。
「では白の外は風、が弱い?」
「きっと、おおよそ」
「あなたたちはさぞはっきりしませんねえ」
聞き慣れた少しおかしな言葉選びをスルーして、話題を続けようとした時、5と6のカプセルが収納完了した効果音が聞こえた。
一応、いたずらに脱走した来賓の方がいないか、
「7番カプセル、閉じます━━それで」
確かめてから話を続ける。
「あの地域では、きっと雨が降ってます」
雨。
今まで本当に、説明に苦労した。
宇宙の星の密度が、太平洋にスイカ3つなら、水のある星はどれほどの個数か、と議論されたのは昔の話で、なぜなら彼らは水の存在を知らないのである。
この1年で、水によって生きている僕、という現物を見せ続けていたが、さすがに雨までは詳しく解説できなかった。僕のためのシャワーはあるものの、それでも説明不足だと思えたから、無理に話すのはやめた。
「はてさて、楽しみです!」
だからこそ、彼らはとても期待している。
ご期待に添えるだろうか。
なにせ、雨が何か、という考察や議論は、盛んな議論のひとつらしいから。
「僕にとっては広い地域ですが、あなたにとっては狭い地域での現象だと思いますよ。数時間かけて移動すれば、違う空と天気を見ることができます」
「空! 天気! 雨! 私は早く見ずにはいられない」
一応、彼らにも天気というものはあるらしいのだが…太陽系規模で違うものだそうで、それはほとんど別物だろう、と彼らは定義したらしい。
代表はコックピットに座る僕の周りを、落ち着きなさげに歩き回っている。慣れたものだ。いや、旅が終わったら周りに誰かいないかソワソワしてしまいそうだ。
僕の案内は、あくまで地球に着くまで。
そしてその間退屈させないこと。
一通りの操縦技術よりも大切なことをひたすら学んできた。
皆はそれを雑学と呼ぶそうである。
実は、あれはこれこれなんですよ、というたわいのない話。地球でも人によっては知らないような、技術、土地、生き物、偉人、人間性、哲学、文化、などなど……。来賓の方々に、地球に興味を持ってもらうため。おもしろい場所と感じてもらうため。
1年話してもネタ切れにならないほどの知識を。
そして、それだけ学んでおきながら、専門的に話すことができるのは、今自分が運転している宇宙船についてくらいだ。
『地球に着いてからのお楽しみ』にするためということ━━
曽祖父から繋がれてきた、一芸にだけ秀でるような教育について、思うことがないではない。
ここの来賓たちは、母星で大きな功績を収め、この片道1年の旅行客に選ばれて、その上、そのために、多国の言葉を話すことができる。
僕の知性などハウス・ダストレベルだ。
でも、曽祖父の目的は、自らの口で果たされている。
そこに思うことがないでもない。
何度それに思いを馳せて、唇を1人で吊り上げていたことか。
「ほら、1番さん━━カプセルにお入りください」
「なんと、私とあなたの話はここまでですか。さてはもうすぐ到着ですからね」
「あなたがお望みでしたら、船を降りてすぐは、あと、少し話せますから」
僕はなんとか、代表を最後のカプセルに連れて行く。カプセルに大人しく座ってもらうにも、なかなか苦労した。少し目を離すとまだ話したいと飛び出す、いたずら好きというかお茶目というか。そんなに僕が気に入ったのだろうか。
知性も、体つきも、仕草も、表情も違う。もちろん言葉も。
僕は彼らの言葉を知らない。
彼らの方が僕の言葉を理解できるので、案内役には必要ない。
しかし、1年も共に過ごせば、だんだん感情だとかを察することができるようになるし。彼らも、僕の仕草を真似始めた。
だから代表のあなたに、彼ら流の『とくべつ好意的な仕草』をされても困る……、地球にはもっとおもしろい人がたくさんいるのだから。
最後のカプセルを閉じるためのパスワードを、打ち終える。
「そういえば、あなたは、サ行、好きですね」
それが、彼に聞かせた最後の言葉になってしまった。
もっとマシな話題が良かったのに。
タイムラグがあったはずなのに、おしゃべりの彼の返事が来る前に、カプセルは大きなクッションとして閉じてしまった。
ブラックホール突入直前に魂を得るのはどれくらい恐怖だろう。
自分でないあらゆる塊が密集して自分として動き出すのはどんな感覚だろう。
そしてその自分を迎えに来れる者たちがいるのはどんな、嬉しさとか、喜びとか、別の恐怖であるとか、
台風ごときで揺らぐ宇宙船ではなくなったが、操舵手としてはやはり肝を冷やす。着地後、船の機体が無事なことを確認し、カプセルを一斉に、
「あなた!着きましたね!よかったぁ!」
来賓の無事も確認できた。
重力や、地球の空気の影響も、今のところ。
カプセルから出た来賓たちはおのおの、体を伸ばしたり、自分の荷物を取りに個室に行ったり、窓から見える、台風で大荒れの基地とそこに集まる人々を、観察したりしている。
…後は雨だ。
水に降られて、彼らが無事でいられるか…、彼らが、僕の使う水を、桶一杯自分の体にひっくり返すという遊びをしたこと。その後、何の問題も起こらなかったことも、頭ではわかっている。
代表はと言えば、僕が久しぶりに地球人にコンタクトを取っている、その後ろで外が気になって仕方ない様子だった。
━━この彼を雨ざらしにするのも、人波にさらすのも、好ましくないと思っている…、久しぶりに会える地球人に抱く想いが、こういうものとは驚いている。外に出れば、外交だの、各国代表だの、マスコミだのの、波状攻撃が彼らを襲うと思うと…。
「さっさと出してくれませんか!」
ここまで直球に要求されるとは思わなかった。
「……、…外に出るなら、傘か、レインコート、という物が必要ですよ。どこにしまったかな…」
「我々に無害でも?」
「こう、地球の人間への、礼儀のようなものです」
「ところでさてはあなた、話題をずらしましたね。出してください!」
「ちょっつ!」
━━彼が腕を掴んだ。
連絡文が未完成のまま遠のいていく。
そのまま引っ張っていかれるのは、彼らがこの船に乗り込んだ入り口。入り口であって出口でない、というギミックは残念ながら無い。
「はーやく! はーやく!」
今は少しずつ外気と船の中の空気を馴染ませている最中で、地球人間的に言えば、空気の味が変わるくらいだが、僕はこれでもあなたを心配しているのだ、せめて傘でも、と主張する間もなく、「はやく!」と出入り口にグリグリ体を押し付けられてはたまらない。
「死にますよ!」
「雨も風も見えています!その中に立つ大勢の人たちもね!」
「場合によっては死にますよって!」
「では、仲間に取っての前例になるということで!」
直球に端的に伝えたが、結局僕は腕を掴まれて、開閉の動作をさせられた━━、
そして飛び出した。
「代表!」
大雨と大風で、遠くで待つ人々がどんな声で反応したかはわからない。
しかし、僕の仕事として、最大級に無防備に来賓を送り出してしまった。
彼が叫んだ。
おそらく母星語だ。
走って、回って、止まって、歩いて、
そして発する━━、
「あなたがたくさんある!」
空に手を伸ばす。
「あなたが! あなたが! これ、全部、あなたですよ! すごい!あなたに包み込まれている」
回る。止まる。抱く。
なんて。
なにそれ。
ばしゃ、ばしゃ、ばああああ、ざああああ。えっと、?
「戻ってぇ、くださぁい!」
とりあえず、言う。声を大に、して、
「だって!」
うれしそうに、今なんて?
「やだーーーーぁ!」
「戻って!」
「だって! だって、だって! ! 」
笑う。彼ら流の笑い声。いっとう嬉しい笑い声。綺麗。雨。風。雲。人。いけない、僕も、駆け出した。
「戻ってってば!」
今度は僕が彼を掴む。
子どものようにはしゃぐ代表を、あちらから人が来る前に……、どうにか船の中に引き戻す。
「待って!あなた……、」
ゴゴゴンン、戸が閉まる。
彼が『がっくり』をして見せる。
……当然、地球人の僕はびしょ濡れになった。『ハックション』をしないために、急いで空調機のボタンを押す。服も脱いでしまいたいが、彼らに教えた地球人は、そうそう人前では服を脱がないことになっている。当然彼も濡れているが、体調不良などは見られない。ただ、ゆらゆらしている。
「おどろいた、おどろいた、おどろいたんです、なのにー!」
「子どもみたいなこと言わないでください…」
「子ども? 申し訳ない。我々には子どもがない」
ぽたぽたと水を垂らしながら、彼がすっとぼける。
そして気にしない様子で、彼は熱烈に、雨に降られた感想を語り出す。僕は、さっき言っていたことがあまりに気になって、話半分になっている。
あなたがたくさんある…?
なんだろう。
人間の何%は水という話だろうか。
雨天の何%が水なのだろうか。
「こうです!」
「わあっ!」
そんな油断した僕を、急に、彼はハグしたのである。
彼は僕はよりずいぶん大きいから。
そしてその体を使って、僕を包むよう抱き込んでしまう。僕は、彼らに危害を加えないこと、の精神を叩き込まれているので、そうそう抵抗できない。
「雨は、こうでした」
「はい」
「言ってもわからないようだから」
「はあ…」
「言ってもわかってくれないから」
「怒っています、か」
彼は答える代わりに、僕の頭に、いわゆる頬ずりをした。
この体勢ではしばらく、服が乾きそうにない。それも困る。彼は僕を抱き込んでいるが、もがけばすぐ抜け出せる力加減にある。それが困る。
「…………すばらしい。どうやらこの星は、あなたに満ち満ちているようだ。あなたは柔らかく、優しいし、ならこの星も、柔らかく、優しい」
どうして、雨と、僕を、結びつけるのだろう。
と、思ったが、そうだった。
彼らはそういう種族だ。
「雨、はこのように私を包んだよ。笑う、怒る、あなたのように、包んだのだよ。いいな。私は柔らかくない」
そう言いながら僕をなでるのは、セクハラですとまで言うことができない。まず、彼らにセクシャルがあるか僕は知らない。教えておけば良かったかも。
「さても、おどろいた。あなたが雨の中に出たとたん、急にあなたが曖昧に感じるようになりましたのですから」
「━━え」
そうなのか。
彼らはそういう種族なのか。
「こんなにうっすらした生き物だとは。私こそ雨の中に出るあなたが心配です」
うっすらした生き物って何だろう。
いや、ブラックホールで圧縮された生き物に比べれば。
「混ざりそうだ。混ざったかもしれない」
…それは…、垢の少しは溶け出たかもしれないが、
彼が抱き方を組み替えたので、僕はさっきより更に出づらくなった。
「でもですね、更に良いと思う私もいます。雨の中にあなたが含まれていたら、どこにいても、私とあなたは一緒にいることができるからね。そうしたらちっとも怖くない。喜ばしいと思う」
怖いとか思うんだ、
だけど。
「…………この星の人間は、みんな僕のようですよ。この星の生き物全部、雨に溶け込んでいるんですよ。それに、僕は1年、地球にいませんよ」
「ではさっき、1年ぶりにあなたが含まれたね」
……、…生き物の生まれについて、何度も、何度も、解説したのに、あなたは……へりくつを言う。主観としては、雨の方が生き物に含まれるのだけど、彼らの生態としては、逆なのだ。だからきっと。それでもきっと。
…気恥ずかしいことを言う方だ。
「でも、少し困ったね」
彼は僕の肩を確かめるようにさする。
「あなたが他の人間がたとツンと立っていたら、私にはさぞかし見分けがつかなくなるかもしれない」
いいんですよ、それで。
僕はただの荷車。
…だったら良かった。1年で、見ず知らずの宇宙人は、水入らずで話せる隣人になってしまった。そんな彼、でない、彼らから、こう言われたことに、ショックを受けている自分がいる。
「いやですね。それでも出ないといけないのですね」
彼は名残惜しげに言う。
僕は名残惜しくあってはならないのだ。
彼らにとって好ましくあらねばならない…。
僕は突っ立っている。
それは彼に抵抗しないためではなかった。
しばらく2人で立っていた。
ゆっくりと彼が体をはなしてくれる。あんなに回した空調も、互いの体を乾かしてはくれなかった。
「あなた、」
「? なんですか」
彼がそう呟いて、そっと僕の両の手を合わせる。
僕は問いを投げかけたが、しばらく彼はそのまま、しかし、口の中で何かを呟いていた。
やがてゆっくりと重ねた手をはなす。そして、仕草を真似る。
「……あの?」
「これで合っていますか? 『いただきます』は」
鳩に水鉄砲。
「食前に行なう儀式の仕草だね」
「……そ、そこまで大げさなものではありませんよ」
なぜ、今。もしかして、曽祖父の代から隠していただけで、人食い、星食いの食性があるのだろうか━━、
「今からあなたを、この身に受け取りに行くのは、あなたのする食事と同じように思うので」
雨に降られに行くことを?僕にはわからない。語弊なのか、文化の違いなのか。やることは、きょときょと、きょとんとするくらい。
「宗教の話を得ましたね。さもありなん、我々にも似た文化はありますです。あなたに聞いたほど存在するのかと驚いたので、取り入れています」
━━何を? と。
世界一無神論者と言われる国風の、いただきます、どころで関心されても困るのだけど、
いただきます?何を?
「そして祈る、そう、祈ります。また、雨に会いたい、と」
…雨天への祈り。
「なぜと思いましたね?」
「あー、はい、お話しください」
おしゃべりで、いたずら好きで、好奇心旺盛な時の彼を僕はいくらでも知っている。
…促す。
「これから私たちは、代わり映えする空の下を、いくらでも歩いていくのです。そしてその旅先で雨が降れば、必ず私は祈る。雨に祈る。あなたに祈る。あなたに会うことを祈る。さすれば、会える気がするからね」
寂しそうに。
嬉しそうに。
そんな目的で、雨を望むのは、あなた…この種族くらいのものだろう、
「なぜかな、」
それとも、あるのだろうか、
「あなたに会えた奇跡は、星の粒よりも希少だけど、祈れば、祈りで雨が降れば、またあなたに会える気がする。この星の上は、ずっと狭い」
宇宙を行き来した操舵手に、そんなことを祈るものだろうか。
星の粒より希少。
太平洋の真ん中でミツバチが頭をぶつけるよりもだろうか。
閉じた、だけの扉の向こうでは、僕らをレインコート越しにでもずぶ濡れにしそうな雨が、祈りとは程遠い暴力性で船を叩きつけている。
でももし、
もし、この勢いで、相手が、
抱き着いてきたら、
さっきみたいに抱き着いてきたら、
……僕は考えを振り払う。
「ふふ。絶対会いに来てください」
あなたがたは来賓なのだから、晴れたところしか案内されないかもしれませんよ、と。そっと首を振るのに、彼は僕の顔を固定してしまう。
ただの案内役相手に……。
「私の、祈りのために雨は降る、必ず」
そんな暴君みたいなことを口にしてしまう。彼はそうして、そっと、やっと、僕からかんぺきに、距離を置いた。
彼が言葉を発すると、どやどやと来賓の方々が扉を開けてこちらに入ってくる。彼らは代表の周りに集まって、冗談のような口調で不満を言っていた。そういえば、今の出入り口と同じく、この部屋に入る扉も、ロックを開けたままなのだった。
僕は慌てて、壁の棚を開けて、どの棚がレインコートの棚だったか、と開けて回る。あった、あった。皆にレインコートを渡して回る。
皆が、ありがとう、本当にありがとう、と言うので、急に、代表だけでなく彼らともほとんど永遠にお別れなのだ、という気持ちがきゅっと芽生える。
「そんな顔しないでください!」
と、代表が先ほどの寂しさのない明るい声で言ってくれた。
━━どやどや、どやどや。
また代表が、来賓の皆が外に出ていくのを見送って、最後に残る。
あんなに勢いよく外に飛び出したのに…、この星への熱が外に出た途端冷めた、ということはないだろうけど。僕も、見送りが終わったら整備に戻らなければならないのだから、困る。来賓が外に出て、地球の人たちにもう囲まれているのに、彼はレインコートをまだ半分着てのままで在る。
このままではこの場に上官の人が着てしまう…、と思っていたところに、彼が手招きをした。
壁に背を預けている。
大人しく従う。
彼がおそらく、くすくすと笑う。
そして僕とあなたの位置を入れ替える。わっ。
大きな体が視界になって、おそらく外から僕と彼は見えない。きゅっ、と目を瞑っていたら、カリカリカリ、と僕の頭の上で何か引っ掻く音がした。
「…………?」……クシュン。
雨の外気のためでなく、クシャミした僕を更に代表は笑って、そして、僕の耳元で彼の言葉を囁いた。
……そして、船内と豪雨が、走っていった代表と、突っ立ったままの僕を断った。
こえは時折聞いた“スラング”だと思う。
だけど、行為は1年前に彼らが、星に残る者らと真面目に行なっていた。
雨に降られた髪に、代表の体の破片が絡まっている。
家族や親友に、旅が無事でありますように、無事に帰ってこれますように、と互いの体の粉を散らし合うのだ。それを見て、彼らにもおまじないのような物があるんだと当時のんきに思っていた。
今は鬼子母神迫る想いだ。
彼の祈る雨の中に飛び出してこの粉を濯ぐ方がいいか、彼と別れて特別思い入れのある操舵手に戻るべきか。
地球一照れ隠しをするためのパスワードを思い出している。
1l0vec0sm0w14e━━曽祖父はどうして、星間ワープ技術ができたらこの小っ恥ずかしい言葉をパスワードにする、と強行したのだろう。
ざああああああ、と代表の祈りの雨が、船内に吹き込んでいる。船と嵐があいまいになっていく。僕と雨があいまいになっていく。
#青ブラ文学部
#祈りの雨
#小説 #SF サムネで文章引用する詐欺☆
長文読了ありがとうございました 小説の企画参加は初めてです雨への祈りだなこれ
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