小説:おっきなヴィランときっかいな姫 5
#ポケモンSV #パルデア #グレンアルマ #ゲンガー #二次創作
\前回までのあらすじっ!/
ふていけいの体に塗り薬はいやがるから、代わりに包帯を巻いて、火傷に効くチーゴ、ラム、オボンのサンドウィッチを作るのが、しばらくの日課に決まった。
「義務としては、『バトルのような激しい運動をしないでください』と言いますが。私からは『無茶をしても無理はしてはいけませんよ』という言葉を送ります。お気をつけて」
ゲンガーにアーと大口を開かせながらそう言う。
逆じゃない?
ポケセンお姉さんは、知らぬ素振りをしながら仕事に戻った。
大きなテラバーサク発作はまず止められないと思っていい。「ナッツ、ナッツお願いね? ゲンガー、デンジャーなの」とキルリアと歩かせている。カップルみたいで、私の手は思ったよりすかすかと空白を持て余していて、悔しく思っていて。
……私はこれからもキルリアの面倒を見るのか。
実を言うと、私は半分諦めかけている。
先生たちは正しかったんだ。
それに、ナッツ本来の『ヒーロー活動』にも支障が出ている。意地張ってるけど疲れてる。ゲンガーも人知れず傷ついている。連れるポケモンが一体増えるだけで、彼らの関係性に気を使わなければいけないなんて。
……ナッツとキルリアがひときわイレギュラーなのはあるけど。
じゃあ、キルリアを手放すとして、だ。それでも私は7日の間に全力を尽くしたい。この『テラバーサク』の病気を抱えたポケモンが、『あずかりじょ』送りにならないように……だ。
それが人間。トレーナーの役目。
原因を明確にし、予防を万全にし、対策を講じ、事態に対応する。
……トレーナーは、ポケモンの“おや”と呼ばれる。これはほとんど万国共通の文化らしい。ひとつの命に対して責任を背負うべきだから、というウワサ。人をむやみに傷つけるポケモンも、ボールを解約される。ポケモンにも人間生活に合わせる義務が求められる。
『人間に協力的な強い“グレンアルマ”と“ソウブレイズ”は人間、カルボウ双方から尊ばれ、民間から信奉を得ていました』
私に最も近い、人間とポケモンの歴史。
ナッツは…どんなに強い、草を焼き焦がす炎を噴いた後でも、私が触れる頃には白熱を冷やしている。ゲンガーは、自分の上に霊力の膜をかぶせてタッチした相手から生気を奪わないようにしている。…この間のは触れている時間が長すぎただけなので。
「 …… …………おーい、……おーい。ぼーっ、ぼー助」
「ぢぴぴぴぴ」
「ささささすがに電気ショックは冗談にならららら」
ライチュウが私のツボに尻尾を突き立てる。さりげなくコリをほぐすことで言い訳にしようとしないでちょい。ヒナゲシはぎゃはははは、と、呑気に笑っているけど。
「ぼー助というかボウジロウは別のコでしょ」
「たがいなくおはんのことだけど〜?」
ぐっ…………。
「ほらほら!なんでもまじめに考えすぎっ。授業終わってるし、授業と全然関係ないノート取ってるし!」
ライチュウがヒョイと私からノートを取り上げてしまう。かーえーせ〜!と私が手を伸ばしても、ヒョコヒョコ飛んで逃げ回るし、「あだだだだ!!」といつの間にか強張っていた筋肉と共に悲鳴を上げた。
ヒナゲシはノートをライチュウから受け取ると、パタパタと振って消しカスを床に落とす。「ほら、次な授業まであと5分もないよ!」と、私の背中をバシン!と叩く、
「うっそ!?」ガタンッ、
「うそです」
「だっ、だましたぁあ!?いや、あと10分もないけど!」
「あははは!ドオーが立った!」
「あのエクレアポケモンは立たないよ!」
ヒナゲシの頬がぷくっと膨らむ。そして、弾けて、もう大爆笑だ。私の顔か言葉がそんなにツボに入ったのか。……ああ言っておきながら、時計が1分回るほど笑い転げ、
「はぁ、はぁ、やっべ…はあ。どうする? 騎士と姫は次の教室に連れてかれちゃったけど。んふっ、ぶくくっ」
「フリーダムだなぁ…」
キルリアが人間慣れしてきたのはいい兆候だとは、思う。
「次の劇、ど〜うすんの?」
と、親友でなければ張り倒していた、ニヤニヤ顔の質問が私を覗き込む。顔をしかめて、「……どこでおっ始めるかは、その時にならなきゃわからないけどね」カバンから“毒消し”…正確には、キズぐすりを混ぜた特別な薬液を取り出した。
「日に3度以上は“デンジャー”って言っておいた」
「そりゃイイ判断だ。で、次に協力することは?」
「職員室に土下座することかな…」
「え、まじ?リト君でもそんな真顔で冗談言うことある?」
「“マジ”だよ」
私の予想を、そして先生たちの生徒への信頼を信じるなら、
「……ゲンガー、おいで」
ずぶ、「……んむ……」
私たち以外空っぽの教室。『もっと、どくポケモンのこと、勉強すること。できれば昨日うち来て欲しかったよ、無謀ヴィラン』ゲンガーはちいちゃな手のひらに乗せた、ジョーイさんに渡された薬を、ぐうっと飲み干した。
「あーあと、できれば…いや、さすがにこの短期間では無理か」
ヒナゲシはゲンガーの上のライチュウ、の上にずしっと胸を乗っけながら、薬を不思議そうにしげしげ見る。「おもしろいことならござれよ」でも私は小さく首を振って、移動教室の準備を始める。
「秘技・トドロクツキ」
「ごめんなんて?」
「いや、私がやる」
ヒナゲシちゃんの部屋で夕食を寝過ごしてしまい(本当にありがとう、だってウチのベッドより上質なんだよ?ベッドだけ)、テーブルシティに繰り出すことになってしまった。
正直、ぐったり疲れた体で地獄階段を登り直すのかと思うけどがっくりなんだけど、エスカレータやエレベータは見当たらないし使わせてもらえない(足の悪いご老人などは大抵、そらとぶタクシーを使ってらっしゃるのを見るけども、生徒とは悪質なウワサを流したがるものだ)。
夜の空を見上げると、きらきら輝くたからぐもは、星空と月にその天上を譲りつつあった。
……たからぐもがある日は、いいことがある、か。その天気が終わるってことは…キルリアと過ごすのは、いいことだったのだろうか。
『からくちザクザク黒豆あられ』を取り合うように食べる小さな2匹を見ているだけであれば、なんともほほえましい。乙女心の人目を惹くプリンセスドレス……もし、この子が誰かのところに行ってしまうとしても、この服だけでも持たせてあげたい。
「キリィ…」「苦手なら無理しなくていいんだよ?」「キリッ!」
「というかナッツも、あまり食べると晩ごはん入りませんよ」「きゅう!」
おなかで返事するヒーローに、自然と笑みがこぼれてしまう。キルリアは辛いのとしょっぱいのどちらが苦手なんだろう。
1ヶ月も暮らせばこの辺りの店はだいたい覚えてしまう。ファミレスでがっつり、喫茶店でカレー、サンドウィッチを店内で食べるか持ち帰りか…。
すり寄るニャースのように私の周りをくるくる走るナッツは本当にかわいい。頭の炎の質量が背中をくすぐる。背中に抱き着いて右から左から私を見上げ、ぽう?ぽう?と『どうする?どうする?』と目で尋ねてくるナッツの頬を揉みほぐす。
「キルリアはなに食べたい?」
と話を振ってみる。「・・・?」と首を傾げる。よくわかんないらしい。
「食べたいイイにおいはある?」「リリリィ……」
ナッツがなにか身振り手振りをする。ついでにお腹を鳴らす。小さなきょうだいの話し合いを見ながら私はバッグの中を確認する。何も足りないものはない。土下座までしたんだから。
ナッツをよく知る街の店員さんがこっちこっち、と呼びかけるのが聞こえる。ナッツが大きめの「ぐぎゅう」を主張すると、キルリアの角が淡く瞬きした。合わせて、「ぽ!」とナッツはある方を指し示した。
「屋台飯かぁ!」
大きく頷くと、私はナッツの大きな手のひらを握って、彼に導かれるように…ぐうう!(自分の空腹)
「いらっしゃぁい! 疲れた体に染み渡る脂身はいかがだい!?」
…………くぅううぅう〜〜〜〜!!!
醤油のタレの香ばしいにおい!! 滴るあぶらの焼ける煙! かぐわしい炭火の温度! 好みで振れる缶かんの、胡椒、塩!マヨネーズ、ケチャップ!
「って絶対ナッツの好みじゃん!キルリアに聞いたのに!」
「ぽぷぷぃ、くるるん」「キリィ?リリ…ケホっケホっ」
私の好みでもあるけどね!
屋台に顔を近付けすぎたキルリアが煙に咳き込んで飛び退き、ブンブン頭を振る。事情を知らないらしいおじちゃんが陽気に笑ってくれる。
「ミガルーサの脂身、白身!ガケガニの腕姿焼き!マケンカニ団子に、焼きトーフ!甘いタレ、辛いタレ、もちろんヅオヅムの粗塩で焼いたのもあるよ〜」
「ぷぎゅうううぅぅぅ」
「ナッツが限界を迎えかけている」
「そっちのお嬢さんはトロピウスフルーツや、オリーヴァソースのサクサクパン、マホミルクとビークインハニーをたっぷり練り込んだリンゴパイもよさそうだね」
「ここ焼き串屋さんですよね?」
「はっはっは。ちょうど少し向こうにあるのがカミさんのやってるスイーツ屋台なんだ」
なるほど、美味い…いやうまい。野性的な女子とアママイコガールの板挟み!
「ぐぅぅ!両方買います!!」「まいどさん!ご注文どうぞ〜!」
ナッツの暴食欲を制止しながら、財布と相談して、 ゲンガーが差し出した調味料をかけて。パックに詰めてもらって、 アツアツのトロピウスバナナを落っことしそうになるキルリアを慌てて助け、 自分のデザートに、一番高いパイを頼んで。
屋台通りの人型ポケモンがほどよく座れるスペースのものを見つけて、さっそくガッツリ!とかぶりついた━━
「…………んんんんんッ!!!」
ぐうぅ!と私の胃袋も相槌を打つ…串、おいしい!!
ミガルーサのとろける身の決め手は念力で動かすための柔軟性。とっても味が染み込みやすく、もぐもぐするほど味が滲み出てくる。
海のマケンカニ、山のガケガニ、それぞれのハサミから取れる身は別もの! パンチに鍛えられて筋肉質なマケンカニはぷりぷりの歯応え。細かい動きが得意なガケガニは柔らかくほどけていくらでも食べられそう。
ナッツも焼き串に自分で炎を吹きかけて小さな口でハグハグと食べている。頬についたタレはたんびに拭いていたらキリがない。 ゲンガーは餡をかけた焼きトーフや柔らかな木の実を器の中でほぐしてすすっている。行儀がいい。 キルリアは焼きフルーツ…切り分けたリンゴやパイル、とろけるバナナやを食べるたびに嬉しそうな百面相をするからおもしろい。
息をついてキルリアをじっと見る。……本当に、キルリアはどこで暮らしていたんだろう? あの姉妹さんは、このキルリアの“どこ”を珍しいと聞いて“買った”のか。
「 ・・・・・ 」
一度手を拭いて、スマホの中のメールを見返す……。
思わずため息をついてしまって、ナッツが「むぐ?」と心配そうな顔をしたので、「ああ、家族家族」と、実際のことを言った。
街を見回す。何もかもきらびやかな、学校と街はまるで「城下町」。喧騒の中に時々混じる、本物のケンカ。と言っても大抵はチワゲンカくらいの規模で、警備員さんものんびり見回りしている。
今日はお疲れ気味のナッツも、『ヒーロー』の性分が騒ぐのか、そういうのが聞こえるとそちらをピクリと向く。この街の眩しさに負けない光るヒーローになりたい。いや、育てたい。体力、つけなくちゃねと背を叩いた。バトルは私が教えなくても十分強いから。
しょんぼり顔のナッツに、ゲンガーが焼きチョリソーを差し出す。ナッツはきらっと目を輝かせ、代わりに焼きモコシを渡す。2匹ともニコニコごはんの交換をしているのを見て、私もニコニコしながら、後で「ナッツ、ちゃんとバランスよく食べなさい」と叱るのを決めた。
「あ、ゲンガーだ。XLかな」
ビクッ!! ━━……お。思わず、露骨に、反応しちゃった。
「確かに。あんなおっきいの、なかなか見ねえな」
…確かに。ゲンガーじたいあまり見ないけど、うちのゲンガーはおっき〜いらしい。街のポケモンサイズオタクお姉さんに大きな声で呼び止められたくらいだ…世の中どんなプロがいるかわからないなぁ。
「あそこまで大きいのってなると、最近話題のアレよね」
「あー、なんのためかわかんないけど、キルリア誘拐犯ごっこのやつ? 動画面白かったけど、 冷静に考えるとコドモダマシだよなー」
「━━ぷ!」「(ちょ、ナッツ静かに…!)」
近くに座っているらしい、男女の会話。意識しなければ聞き取れない、雑多の中の話に、ゲンガーは縮み上がり、ナッツは伸び上がった。
「パターン化するとおもしろくなくない?」
「あと、マジ、意図不明。トレーナー、なに考えてんだろ。野生じゃないんでしょ?」
「ナッツってやつもよく助かってるけどさ…レベル強いっぽいから早く根本的解決してほしいっつーか」
「アニメと一緒でしょ。大げさにやって引き伸ばした方がコドモ受けいいからだよ」
「そういう演技な」
私は思わず、ゲンガーと一緒に息をひそめてしまう。その胸につっかえを抱えながら。ナッツの小さな手を必死で握った。
「さっさとゲンガーに痛い目見せて追っ払ってほしいなー」
━━━━………………。
「アカデミー、最近大騒ぎだし」
「あーあ、いつもならもっと華麗に解決してくれるのになー。何が問題なのか、うちらにはわかんないけどね。ナッツさぁ、急に方向性変えて、ヒーローぶりっこのウケ狙いで引き伸ばしてんだったら、マジ迷惑なんだけど」
膨れ上がる念力━━
「待…………!」
私は、対処を間違えた。
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