発熱すると嬉しかった。

別に両親は共働きでもなかったし、かなり愛されて育ったものだと思う。
それでもなぜだか私は昔からすごく遠慮する子供だった。
もう全てが遠い記憶で、それが何に起因しているのか定かではないが、七夕の短冊にすらちゃんとしたお願いを書けないほどだった。
私に期待されているのは将来の夢や目先の願望ではなく「みんな幸せに暮らせますように」だと思っていたから。

普段あまり物を欲しがらなかった。
お菓子も、出された分を食べたらおしまいにできた。
時たま欲を出すと、「珍しいね」と言われるほど、ワガママの少ない子供だった。
ワガママをしない良い子だと褒められるのが嬉しくて、それが自分の役回りなのだと何となく思っていた。

うちの母はバカがつくほどに私を褒める親だった。
髪がくるくるでお目目がぱっちりで可愛くて、大人しくて遠慮がちで賢いね。
もうあんまりちゃんとは覚えてないけど、そんなふうに褒められてた気がする。

何だか具合が悪くて熱を測ると37度を超えている。
今日は学校に行かなくて良いし、Eテレを昼過ぎまで観られる。
あとはお母さんがりんごをすりおろしてくれるし、スプーンに掬って食べさせてくれる。
咳をしたら心配してくれるし、お薬を飲めば撫でてもらえる。
うれしいな。
私が何も遠慮しなくていいと思える日だった。

熱が下がるのが怖いのは今も同じ。
熱で休んだ間も世間は平気で回って、あなたなんていなくても大丈夫ですよって顔をするくせに、平熱になった途端責任とか仕事とか全部あなたの物ですよって駆け寄ってくる。

熱を出した日にくらい甘やかされたい。
41度の熱は24歳でも心配されたい。

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