私がお家の中で一番好きな場所は
普通のそれとは水と空気がちょうど真逆の船

私はその中で考えたり考えることをやめたり
怖くなったり悲しくなったり
音楽を聴いたり歌を歌ったりする

歌を歌えばよく響くし、考え事はシャワーに流される
1番自分にとって良い温度を満たしているからか、気付かぬうちに沈み、浮く

実家に住んでいた頃にはこんなに長く居られなかった
別に決まりがあったわけじゃないけど、順番が回って来てしまったらその時間はあのバラエティ番組が観れないし

ここで何か口に物を入れることも無かった
一度だけ祖父母の家で焼いたみかんをお風呂に入れてよく揉んでから食べたことがあるが、それはおたふく風邪を引いて学校を休んでいた時の事だったので鼻が通らず生温いつぶつぶが舌に乗って弾けただけだった

一人暮らしをしてから家全体が一人のためのものになった
テレビ番組は録画して後から観ればいいし
どこで何を飲み食いしたって咎める人はいないし
水が滴る足で廊下を歩いても自分で拭けばいいだけだ

「東京に来て3日でもうホームシックになったよー」と友人から連絡が来て思い出したが
私は一人暮らし開始からすぐに一人の自由に適応してしまっていた。
寂しくならなかったし、むしろ始めから満喫していた。

今頃になってホームシックなんておかしいだろうか。
もう四度も契約を更新したこのワンルームは最初の誰もが住める部屋からは随分遠ざかり、今では私に似合う匂いまで身につけている。

船の中であの頃ばかり考えるようになって来た。
今になって、ここを出ても誰も、今日は長かったね、と言ってくれないことの寂しさに気づいてしまった。


「来月どこかでそっち帰るね」
進まない船からどうしようもなくなって送った
おたふく風邪じゃなくても休める今なら季節じゃないみかんを焼いてもらっても良いかもしれない


#ミスiD2019

いいなと思ったら応援しよう!