ぬるい部屋に
急に来ないでほしい。
こっちだって色々と準備があるんだし、結局それら全部が必要無かったとしても、それでも、急には来ないでほしい。
コンビニにはもう出汁の香りが広がって、コスメブランドがこぞって今季のクリスマスコフレを発表し始める。
まだ自販機にはアイスココアしか置いていないというのに。
あったか〜い 気持ちなんてもう忘れてしまった。
君はなんでいつも二駅前にしか連絡ができないの?
「あと8分で着くけど何か要る?」を愛した私は、この夏借りてたボロいサンダルと一緒に火曜の朝運ばれてったよ。
「もう急に来てもいい人じゃないんだよ」
「つめた〜い」
連絡があってからでも十分に間に合う程度の散らかり具合をたった一人で保つのは難しい。
綺麗好きではない私がギリギリ人を呼べる環境で生活していたのは君のせいだった。
この部屋に来た君が、靴を脱がなかったのは初めてだね。
ドアを開けても絶対その区切りを超えない様子は緑の帽子と相まって宅配業者みたいで、バカバカしいほど悲しくなる。
返された合鍵はさっきまで君が握ってたはずなのに冷たかったし、温度差で思い知る自分の手の温かさが恥ずかしい。
扇風機も羽毛布団も、アイスクリームもホットココアも、サンダルもムートンブーツも無い部屋に急に来た冬は、お揃いでつけるはずだったマフラーが一人で全部吸い込んでった。
私は邦楽のヒロインにでもなったようなそれらしい動きで首に二周させる。
もうすぐ、君の好きな季節が始まるね。