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Episode 3. アフリカの雨|プロシェアリングの未来小説 by. CIRCULATION

夫の母親が脳卒中で倒れたのは、私が40代半ばの頃だった。
手術は成功したものの、療養中に認知症が進行。初期の記憶障害から失語症、やがて徘徊も始まった。

一人住まいだった義母を自宅へと迎え、私は勤めていた医療系のIT大手を退職。
ソーシャルワーカーの指導の下、デイサービスなども活用しながら介護に勤しんだ。

実父が倒れたと連絡があったのは、その6年後、私が50歳になった冬だった。
地方暮らしで、一人娘の私以外に頼れる者もいない父。悩んだ末、私は実家に帰ることを決意。
夫は強く反対したが、押し切るようにして親元へと戻り……そのまま離婚した。

6年間の介護疲れ、夫とのすれ違い、子どももいなかったこともあり、私たちを繋ぎとめていた絆はいつの間にか解けていたようだ。
44歳で介護離職。50歳で熟年離婚し実家で再び介護暮らし。それが今の私。

***

実家での生活は、予想より静かなものだった。
介護老人とはいえ、認知症ではない父は、会話もできるし座ったままならある程度の行動もできた。食事やトイレ、お風呂など、介助が必要な時以外は近くで見守っていれば大丈夫だった。
こんなことなら、離婚しなくても良かったのかも?……なんて、勝手だなぁ私って。
でも、このまま介護だけして過ごしていくのは寂しかった。何か意味のある活動がしたかった。
降り始めた雨をぼんやりと眺めていると、机の上のスマートフォンが光った。

『あなたにマッチした案件の相談』

なんだろう?
以前、気まぐれに登録したフリーランスの人材プラットフォームからの通知みたいだった。登録データや履歴に基づいてAIによりマッチングされたらしい。

<リモート可、アフリカに進出中の医療系テック企業のコーポレート機能を支援>
人口増加が続くナイジェリアは、その経済規模と併せて「アフリカの巨人」ともいわれ、日本企業も次々と進出している成長市場らしい。
若くてエネルギー溢れる世界との繋がり……正直、ちょっとワクワクした。

「でも私、介護で6年も仕事から離れてますよ」
ブランクの長い私でも役に立てるのかしら?そんな不安もエージェントが解きほぐしてくれた。
「その6年間の知見も活かして欲しいんです。IT分野での現場や技術部門をフォローしてきた経歴と、介護経験を併せ持つあなただから判ることがある」と。

***

久しぶりに仕事関係の話をして、どこか熱に浮かされたように心が昂る。
降り続く初夏の雨を眺めながら、これからのことを考えてみる。

そういえば、アフリカで降る雨は、遠く日本の天候にも影響を及ぼすと聞いたことがある。
今日生まれたアフリカの子どもたちの上に、そうした雨は何回降るのだろう?
人生がもし100年あるのなら、彼らが0から多くを学び経験して50代になっても、私はまだ生きているかもしれない。
これからの私の活動が、遠いアフリカの未来を変える雨粒になることもあるのかも?

ならば、少しくらい挑戦してみてもいいのかもしれない。
始めは時間もかかるだろうが、遅すぎるということもないだろう。
庭先に植えられた栃の木に雨粒が跳ね返り、まるで拍手のような音を立てている。

降り続く恵みの雨はまだ、やみそうにない。

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