【小説】もしも、あの日に戻れたら ~高校生たちが議論する、元首相銃撃事件~②

※2022年7月8日に発生した、安倍元首相銃撃事件と、それが発端となって社会をゆるがしている、自民党と旧統一教会とのつながりを題材として、高校生たちが議論するという構成の短編連作小説です。作中に、現実と重なる個人名、団体名等の固有名詞は出さず、登場する人物もすべて架空の、あくまでフィクションとして位置づけた作品となります。また、作中に直接の身体的な暴力描写はございません。
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【ディスカッション②「沙織」】
「ああ、これ? 別に。前の学校で仲のよかった同級生の子にもらったんだよ。その子とは……まあいいや。とにかく、うちは無宗教だし、わたしも特に何かを信じてはいないよ。先生……あーっと、先生にもタメ口で下の名前か。穣治、宗教の話はオッケー?」
「差別的じゃなきゃ、止めないよ。ただ、ときにはデリケートなことだからな、気になるやつがいるなら、やめておこうか」
「僕はだいじょうぶ。神とかいないし、あの世も魂も存在しない……あ、いや! いまのはあくまで僕の持論だから!」

 亮介は加奈をチラと見て、やってしまったという顔をし、手のひらを額に当てる。

「お気遣いなく。お母さんの実家――ジジイの家がお寺だけど、別にあたしはどうこうないし」
「おれもだいじょうぶだ。でも、あれだよな、もし沙織の言うとおり、あいつが他の親の子として生まれてたら、あんな暗殺者にはなってなかったろうな。そういえば、少しだけ話がそれるけど、あの手製の銃、ヤベえ」
「うん、あれはすごい。調べてみたら、たぶん僕でも作れそう。でも、素人がこしらえた銃は危ないよ。暴発しないように彼は相当、気をつけて作ったんだろうね。安全に撃てるよう、何回もテストしてるはずだし」
「今度、お前のうちで作ろうぜ」

 穣治がパンっと手を合わせて、盛りあがる二人のガントークを中断させた。

「あー、いまのは聞かなかったことにする。うちの学校では、夏休みの自由研究なんて課題はないぞ。期末テストが赤点だったお前らのこの補修が終われば、山でも海でも行って遊んでこい。銃や爆弾はゲームの世界だけにしろ。おれもこの夏は、積みゲーになってた『バイオハザード』の最新作をやりこむつもりだ」

「また連絡するわ」と太一は小声で(といっても、その場の全員に聞こえているが)亮介に言い、皆に向かって話しだす。「でさ、あいつが普通の家庭で育ってれば、事件は起きてなかった。ただよ、そうしたら、いまみたいにいろんなことが明るみには出なかったわけだろ。正直、おれも名前すら知らなかったよ。オヤジとオフクロに聞いたら、親が子どもの頃はワイドショーで散々、カルトだなんだって、たたきまくってたらしいじゃねえか」
「そうだよねえ、そこがネットでもテレビでもみんな、論争してるところだよね」加奈がスカートの生地をぴんと張り、シワを伸ばしながら言う。

「実はさ――」

 沙織はそう言ったあと、少し間を置き、それから言葉を継ぐ。

「前の学校の友達がね……あ、その子は別の宗教だし、そこまでひどいものではなかったんだけど、それも新興宗教で、結構大変だったんだ。家族そろって脱会できて、でも親戚とは関係にひびが入ったままだったりして、いまも肩身が狭いみたい。身近でそういう話を聞いてたこともあって、なんかいろいろ考えちゃうんだよ」

 彼女は首元のクロスの感触を指で確かめる。

「さっきわたしは、あの人が違う親のもとで生まれてたらよかったのにって言ったよね。ただ、そうしたら、彼は無事でも他の人たちはずっと苦しんでるままなわけだし。だから……もちろん、だめだよ、人を殺すとか。絶対、だめなのはわかってるけど、それでも、事件がきっかけでたくさんの悪いことが暴露されたり、アホな大人たちが処分されたりして、その結果、被害者の人たちが少しでも救われるようなことがあれば、あの人がやったことは本当に悪いことなのかなって。よくわかんないんだ……」

 空は夕暮れから夜へ、オレンジから青黒いスクリーンへと色を変えていく。教室内には静寂が満ちていた。セミすら黙った。

「……あと、あとね、これは言いたい。わたしはあの人を擁護しない。撃った相手が偉いやつだったからって、より重い罰が下ることだけはだめだと思うけど、逆にどんなに悲しい育ちがあったからって、罪を軽くするのも違うよ。『デスノート』もわたしはL派だから。安全なところで正義づらして悪人を殺す主人公の八神は大嫌い。親が心底許せなかったら、ぶっ刺すつもりなのはいまでも変わらないけど、わたしは情状酌量なんて求めない。そのときは、きっちり裁いてほしい」

 沙織はロング缶を拾いあげて、なかに残った液体を一気に飲み干そうとした。が、口からこぼれてしまい、制服、それに十字架にかかった。シミになりそうなシャツやネクタイ、スラックスのことなど構わず、十字架に付着したジュースの滴を焦りながら指で拭う沙織。

「使って」亮介がポケットからハンカチを取りだし、彼女に渡した。
「あ、ありがとう……」

 皆は沙織が落ち着くまで待った。

「ごめんね、みんな」
「制服、洗いに行くか? それにもし、つらいなら、もう帰ってもいいぞ。お前が事情を抱えてることはわかってたのに、こんなことに参加させて悪かった」
「いえ、だいじょうぶです。あ、だいじょうぶ。なんか、いろいろ話したら、ちょっとすっきりしたし。それに、これで補修になって、内申書にもいいこと書いてくれるなら、わたしは十分」

「ってか、なんでこんなうさんくさいセミナーみたいなことが補修になるわけ?」加奈が言う。
「うさんくさいとか言うな。おれの専門教科は道徳だろが。目的は補修だが、それだけじゃなくて内申書にも反映させるよ。来年は受験だ。お前ら全員、大学受けるだろ」
「あじゃーす。じゃあ、お話を続けようよ」

 加奈が軍隊の兵士みたいに、敬礼をまねたポーズをとる。

「加奈はまだ意見を言ってなかったよね。彼について、時を巻き戻して変えられるならどうするか」と亮介。
「あたしはね、なんだろな、過去については何も変えないでいいんじゃないかって思う」

(③へ続く)

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