【小説】映写機の回らない日 北浦結衣VS新型ウイルス感染症 「第5話 今日、この街で映写機は回らない」

「岸田です。いま、話せますか?」

 かつてのバイト先の先輩、岸田さんからだった。

「はい、大丈夫です。どうしました?」
「まず、謝らせてください。この前はすみません」

 先輩はかしこまった口調で言う。彼は基本的に私に対してタメ口だったが、いまは敬語だ。

「何も言いわけをするつもりはありません。傷つけるメッセージを送ってしまい、申し訳ないです」
「えっと、その、とりあえず敬語やめませんか。なんか逆に変な感じで、うまく話せないというか」
「……うん、じゃあ、わかった」と先輩はやや納得しない様子で口調を切り替えた。

「あのメッセージのことですけど、確かに受け取ったときはショックでした」
「当然だよな……」
「でも、事実だし。私が悪くないとしても、私が感染しなければ閉めないで済んだし、お給料のことだって、先輩ががんばってたイベントのことも」
「自分を責めないでくれ。北浦は何も悪くない。どんなに気をつけてたって、誰がいつ感染してもおかしくないんだ。それなのに、おれはひどすぎた。動転してたとはいえ、口にした以上、あのときはそれが本心だったんだろう。症状に苦しんで、一番辛いのは君なのに。悪かった」

 私は目を閉じた。少しの間、考える。そして、スマホを口から離し、軽く深呼吸する。

「入院してるときも先輩には救われたんですよ」
「それはどういう……」
「私は前向きな映画が好きなんで、先輩からいろいろ教えてくれた映画から結構勇気をもらってたんですよ。映画館のバイトを始めるまで、スティーブ・マックィーンの存在すら知らなかったけど、あそこの上映企画で初めて見た『パピヨン』には感動しました。先輩の企画ですよね、あれ」
「北浦が入って二、三ヶ月くらいの頃だったかな」
「そうそう、確か『不屈の闘志』特集とかそんな企画で」

 話しながら当時のことを思い出す。『パピヨン』は六十年代の古い外国映画で、殺人の濡れ衣で刑務所送りになった男が何度も脱獄を繰り返し、最後は自由を掴む物語。かなり脚色されているらしいが、実話が基だそうだ。

「独房に入れられたパピヨンが言うじゃないですか。『バカヤロウ! おれはここにいるぞ!』って。隔離されてるときにあのシーンを思い出して、耐えてたんです」
「北浦……」
「字幕ではそんなセリフでしたけど、原語は違うんでしたっけ?」
「いや、『Hey, you bastards, I'm still here』だから、ほぼ同じ意味だよ」と先輩は暗記しているセリフを即、口に出した。
「よく覚えてますね。あ、あと、もちろん、耐えてたっていっても、医療施設にはまったく問題ありませんよ。先生も看護師の人たちも激務の中、私なんかに本当によくしてくれました。パピヨンみたいに、五秒で診察が終わったりしないし」
「冗談を言えるくらいに元気になったんだな」
「口は悪いですけど、根は明るいですから」と私は微かに笑いながら言う。

 先輩は少し間を置いてから、あらためるように、「今日、電話したのは謝罪のことだけじゃないんだ」と言った。

「なんですか?」
「支配人に退職を告げたんだろう?」
「そう……ですね」
 休館中とはいえ、知っていても不思議ではないか。

「それを知ってから支配人と話をしたんだ。あと、他のスタッフにも。こういうのは君の好きな物語じゃないかもしれないが、おれをクビにしてもいいから、北浦を復帰させてやってくれって」
「いや、それは」と言いかけた私を遮り、先輩は続ける。
「何も言わないでくれ。皆も納得してくれた。誰も北浦に出て行ってほしいなんて思ってない。支配人は『去る者は追わず』の人だから冷たく感じたろうけど、戻りたいなら、それもまた『来る者はそんなに拒まず』の人だ」
「私も『そんなに拒まず』の中に入ってますかね?」
「もちろん」
「ありがとうございます。でも、考えさせてもらってもいいですか?」
「わかった。再開に向けて動いてるが、まだ具体的なスケジュールは立ってない。こっちにも動きがあったら、逐一連絡するよ。この週末はどこの映画館も臨時休業に入るくらいの厳戒態勢だから、気をつけてくれ」
「先輩もムリはしないで」
「ありがとう。それじゃあ」と言って岸田先輩は電話を切った。
 
 木曜日の夜、県の知事から週末は不要不急の外出は極力控えるようにとのあらためての徹底要請があった。私の街にあるすべての映画館も急遽、臨時休業のアナウンスを出した。こんなことは、この街では初めてだろう。用がなければ私も出る気はなかったが、実家にマスクが不足していると聞き、ストックのあった私の家の分を発送するために出かけた。
 
 郵便局と買い物のついでに周辺の映画館を回ってみた。いつも老若男女でにぎわうシネコンも、年配者や本格的な映画好きが集う名画座も、カフェと併設された女性に人気のあるオシャレなシアターもすべて休館している。この日、この街では、どこの映画館でも映写機は回らない。深い悲しみを覚えた。劇場がなくてもテレビやネットで映画は楽しめる。映画自体がなくても、他に娯楽はたくさんある。アナログやノスタルジーへの固執には否定的なほうだが、それでもなんだろう、この喪失感は。

 世界を覆うこの災難は、映画業界を含めたあらゆる仕事をする人に影響を与えた。その中で、それぞれが戦い方を模索している。医療等の命に関わる最前線にいる人たちとは比べられないが、娯楽産業に携わる人も奮闘中だ。私に大切な多くを教えてくれた、あの映画館も復活を目指している。以前、一緒にバイトしていた映画監督志望の赤木君は、苦労を重ね、今年ようやく、小規模ながらも初の商業映画の監督をするはずだったが、今回のことで中止になってしまった。だが、彼はスタッフ、キャストそれぞれが接触することなく、自宅にいながら遠隔で映画を撮るという自主制作の映画作りを企画し、これから挑戦しようとしている。彼は「人助けでもないし、いま、こんなことをしても意味はないかもしれない」と前置きをしつつ、「でも、これが自分にできることだから」と決意を語った。

 自分にできること。私にできることは……そんなことを考えながら、季節はずれの大雪の中、積雪を踏みしめて歩き続けた。

(続く)

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