映画館のおいしい記憶
最も知名度が高いシネプレックス系、安値で小規模なイメージ・シネマ系、地域によって個性の違う「フォックス」や「レビュー」などの名画座。どんなタイプの映画館であっても訪れたときのワクワク感は同じ。特にチケット売り場を過ぎてカラフルな売店が見えてくると子供の頃からよく知っている場所にきた、という感じがする。
もっとも子供の頃は年季の入った販売機で売られているガラス瓶入りの炭酸水が憧れだった。今では人気店のデザートとか魅力的な商品も随分増えた。どの売店でもやはり目玉商品はポップコーン。私は単体で買うことが多いけれどホットドッグやドリンクと合わせたセットも人気だ。
バターをたっぷり吸った紙袋を受け取る。袋の口から飛び出しているのを落とさないように注意して歩く。ロビーに上映中の音声が小さく響いている。席に辿り着く前に、ひょいとポップコーンをつまむ。おいしい。館内で食べるときポップコーンほど美味しい食べ物はないように思えてくる。時代に合わせて多少メニューが変わっても、この味だけは変わらないだろうという安心感もある。
元来ポップコーンはサーカスのような屋外イベントで売られていた。持ち歩きやすい便利さに加え、価格も安く北米では庶民のスナックとして親しまれた。カート型マシンで売り歩けるようになって需要は増大し、そして映画の誕生をきっかけに新しいポジションを築くことになる。
ヴォードヴィル劇場の演目に活動写真が追加されると、ポップコーンは劇場内に持ち込めるスナックとして人気を博した。これは俗説ではあるけれど、興奮した観客がステージに投げつけても機材を傷つけない軽さも人気の理由であったといわれている。
映画に色や音がつき、内容が愉快なスラップスティック・コメディから重厚なメロドラマへと変化しても鑑賞中にポップコーンを食べる文化は続いた。カナダでも「Super-Pufft」ブランドが台頭した。
映画業界が豪華で洗練されたイメージを優先するようになり、庶民的な菓子を販売する映画館が減った時代もあった。しかし、最終的に世界恐慌やテレビの普及による経済難を生き抜いたのはポップコーンを売っていた劇場ばかりであったという。
現在でも映画館の利益の8割はコンセッションの売り上げによるものだ。どんなタイプの映画館でもそれは変わらない。家族や友人と心ゆくまで映画を楽しむとき、芸術が人類を運ぶ先に想いを馳せるとき、少しだけ映画館経営について頭に入れておくのも悪いことではないだろう。
例えば、こっそり食べ物を持ち込むことが映画館にどんな影響を与えるか、とか。
またひとつ最寄りの映画館が灯りを消してしまわないよう祈りながら、私はまた紙袋を受け取る。庶民向けの塩味が体においしく染み渡る。