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濱口竜介監督「悪は存在しない」ラスト解説│偶然と想像が積み重なった悲劇と「分からなさ」への畏怖

濱口竜介監督といえば、少しつつけばバランスが崩れそうな人間関係や(多くの場合それは崩れる)、事故や災害、思いがけない偶然によって決定的に変わってしまう人生のドラマ、特に都市の人々を描く作家というイメージだったのですが、今回は、監督、自然を舞台に映画を撮ってもこんなに面白いのか!凄まじいと思いました。
 
薄雪積もる森のシーンが美しく、観客を一気にその映画世界へ引き込みます。同時に、監督らしく絶えず緊張感やそこはかとない不気味さを感じさせる、ダークな大人の寓話といった世界観が魅力的でした。

この映画が何を表現しているのか、そしてもちろんあの驚きのラストの解釈について考えてみました。

*ここから『悪は存在しない』のネタバレを含みます






人間に対して突然、無差別に牙を剥く自然。自然災害や時には生き物が人の命を奪うこともあります。もともと日本は災害が多い国ですが、私たちはコロナ禍で自然の脅威というものを再確認しました。

しかし、こうした自然の暴力性に対して、私たち人間は自然が悪とは考えません。自然には悪意がないからです。自然には人間の善悪の価値基準が当てはまりません。

『悪は存在しない』は、ここに一つの問いを投げかけます――自然ではなく人間が他者に対して振るう暴力にも、悪意が含まれない類のものはあるかもしれない。様々な要因が連鎖して生じた悪意のない暴力。小さな出来事が積み重なって大きな流れとなりその帰着点として発露した暴力。結果だけ見ればそれは紛れもない「悪」でしょう。しかし、そこに至る一部始終を見届けた時、その暴力は自然が人間に振るうそれのように「致し方ないこと」として感じられるのかもしれません。

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