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2.窟

 図書館に来ると、突然体質が変わる。トイレが近くなる。普段は便秘がちだが、図書館では宿便まで排泄される。図書館とは言っても書籍だけが置かれている訳ではない。あらゆるメディアが保存され、ネットワーク化されている。デジタルデータはオンラインで利用できるので、図書館を訪れる人は少ない。

 実際の本を見るために、ごく少数の人が図書館の扉を開く。本棚をながめるのが好きな人。本の重さを感じるのが好きな人。本の匂いに震える人。さまざまなタイプがいるが、私は本のページをめくるという行為が好きで、図書館にやってくる。ページをめくるうちに激しい便意をもよおし、トイレに駆け込む。そして、トイレでの至福のひとときを楽しむ。

 今は亡き作者が朗読する肉声図書室が面白い。本に囲まれながら聞く作者の声は、冥界から響いてくるようで、ぞくぞくする。ネット配信が禁じられている記録ビデオも、図書館に来ると見ることができる。某国の元首が多重人格化し、排除されてきたさまざまなマイノリティが次々に憑依したという奇妙な事件のビデオは、映画のように愉快だ。

 保存されたデータを生み出した人の大半は亡くなっている。生きている人よりも、死んだ人が支配している空間。インターネットから貯え続けている膨大なデータも、やがては歴史になる。人々の歴史と呼ぶにふさわしい開かれた記録になるだろう。図書館は現代の墓園だ。歴史を溜めた空間で、私の身体も歴史を取り戻す。

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