サイコロ城の秘密(マン・レイ 1929)
マン・レイというと、女性の後ろ姿をバイオリンに見立てた写真やメトロノームの先っぽに目をつけた作品などが有名なアーティストです。ダダイズムやシューレアリズムという文脈で語られることが多いですが、実は、映画も監督していたんです。
『サイコロ城の謎』という20分弱の無声映画です。
この映画、つっこみどころがたくさんあります。
1つ目はカメラの動きです。肩にかつげるようなハンディカムが登場する何十年も前に、この映画のカメラは、あっちにもこっちにも、時にはくるっと一回転、際限なく動き回ります。
トラベリングなんて用語がなかった時代に、でこぼこ道を走る車にカメラを乗っけて、上下に揺れながらも、田園風景のなかを疾走。建物の中にはいっても動きは止まらず、あれもこれも見せようと観客を置いていく勢いです。後半は水面や影で遊んでいるシーンもあり、実験精神が満ちあふれ出てます。どうやって焦点を保ちながら、重く気まぐれなカメラを一回転させたんでしょうか。
2つ目は、サイコロ城と名付けられた、立方体を組み合わせたようなウルトラモダンな建物です。ル・コルビュジエが「エスプリ・ヌーヴォー館」という白い四角い建物を発表して、論議を醸し出したのが1925年。この撮影で使われたヴィラノアイユは1923年から1927年にかけて、ロベール・マレ=ステヴァンスによって建てられた子爵夫婦の別邸(上の写真参照)なので、まさにモダン建築の最先端を映し出しています。室内の調度品もパイプ椅子や開閉式の洗面台など最新式のものばかり。ピカソやミロの彫刻なども登場しています。
ちなみに、ロベール・マレ=ステヴァンスは1923年に『L'Inhumaine』という映画の美術も手がけていて、こちらでも四角く白い建物が象徴的に使われています。
3つ目は、演出です。登場人物は全員顔にストッキングをかぶっています。これが一番の謎かもしれません。表情をかくすためらしいですが、ブレヒトを中心として感情移入を拒否した演劇が始まったのが1920年代なので、こちらも最新鋭の演劇論に則ったものということでしょう。
4つ目は編集方法です。前半に関してはカットのたたみかけがすごく、カメラの動き同様に、観客を置いていく急ピッチでカットが変わっていきます。後半では、逆再生やポジとネガを入れ替えたりする箇所もあり、実験映画という感じです。ただこれに関しては、もっと面白いことをしている映画がたくさんあります。
前衛映画、実験映画というと意味不明という印象がありますが、この映画は比較的お話があるので、見やすいので、慣れていない方にもおすすめです。