
『ファンタスティック・プラネット』小沼純一氏によるエッセイ:YouTube公開記念
野性の惑星のサウンドスケープ
小沼 純一
*本稿は『ファンタスティック・プラネット Blu-ray』(発売元:WOWOWプラス 販売元:角川書店)封入のブックレットより、小沼純一氏のエッセイの全文を、筆者の了解を得て、WEB上で公開するものです。

この風景は、生えている植物、うごめく生きものは何だ。ドローン(持続音)のようにひびきつづける音楽、背景に加わってくるさまざまな奇妙な音は、何だ。
制作された時代と音楽はシンクロしている。『ファンタスティック・プラネット』のなかには全篇にわたってロック・サウンドがひびきつづける。けっしていたずらに激しいサウンドが横溢するわけではない。メイン・テーマとなるシンプルなメロディがあり、副次的なものがあり、あいだをつなぐようなミディアム・テンポのリズムがある。
この映画が発表された1973年にはピンク・フロイドが『狂気』がリリースされ、前年にはデヴィッド・ボウイ『ジギー・スターダスト』の、翌年にはキング・クリムソン『レッド』のリリースあったことを想いおこしてみると、ロックがまだ多くの可能性を持ち、さまざまな試みがおこなわれていたことがよくわかる。それは、1950-60年代のロックンロール/ロックにも、1970年後半以降のパンクから90年代のグランジにもない、日常と非日常とをつなぐようなリズムでありサウンドとでも言ったらいいだろうか。
『ファンタスティック・プラネット』の音楽を担当したのは、1931年8月20日生まれのアラン・ゴラゲール。出発はジャズのピアニスト/アレンジャー。1953年、作家にして音楽家、さまざまな分野で活躍したボリス・ヴィアンとの出会いがゴラゲールの名を世に知らしめた。《僕は飲む》《原子爆弾のジャヴァ》といったシャンソンはヴィアンの詞にゴラゲールが曲をつけたものだし、ヴィアンの原作小説が映画化されて、その出来の悪さに試写中に息たえてしまった『墓に唾をかけろ』(監督ミシェル・ガスト)の音楽もゴラゲールだった。
ヴィアンにつづいて記憶すべきは、セルジュ・ゲンスブールの初期作品(1960年代前半まで)でのアレンジ/演奏だ。《リラの切符切り》を聴いてみるといい。そのアレンジのみごとさ、ふとひびくピアノの音が、ゴラゲールのものだ。そしてゲンスブールがらみでは映画『唇によだれ』(監督ジャック・ドニオル=ダルクローズ)のサウンドトラックも忘れてはなるまい。
自らのアルバムもある。ピアノ・トリオによる『ゴー・ゴー・ゴラゲール/Go-Go-Goraguer』(1956)では、器用ではないが、味のあるインプロヴィゼーションを聴くことができる。そして、シャンソンでは、ナナ・ムスクーリ、ジョルジュ・ムスタキ、ジャン・フェラ、セルジュ・レジアニ、フランス・ギャルといったアーティストたちとのしごとがあり、映画ではドキュメンタリー『ル・コルビュジエの創造 幸福の建築家』(1958)や、クロード・ベルナール=オベール『鷲と鳩』(1977)、あるいは、ピエール・カスト『美しき年齢』(1958)では、ジョルジュ・ドルリューとともに音楽を分担している。
こうした経歴からわかるように、ゴラゲールはジャズをベースにし、時代とともに変わってゆくポピュラー・ミュージックのスタイルをとりいれ、さまざまな場で音楽を提供する才にたけた人物だ。そして『ファンタスティック・プラネット』では、ロックのスタイルが用いられるのだが、そこにはいろいろなものが混じっている。スキャット調のヴォーカルが、ジャズ調のインプロヴィゼーションが、ストリングスを加えた厚みが、ハモンド・オルガンや増幅されたチェンバロの効果的な使用が、フルートによるメロディ・ラインが、というように。

シーンによる音楽の変化の例を挙げてみよう。ドラーグ人が瞑想のなか、球体となって宙に浮かびあがってゆくシーン。そこではギターのエフェクトとともに、女性コーラスが小さく、ラ~シ~ド~レ~と上昇する音型をうたう。人間の(過去の)文明を、ドラーグ人が映像としてみるシーンでは、フルート、ギターとチェンバロでバロック調の音楽が奏でられる。あるいは、人間たちの秘儀のシーン。主人公テールが深夜に洞窟で目覚め、外にでてみると、大きな巌の上にむかって男女が列をなしている。彼ら彼女らは祭司から何かをもらって口に入れ、あらためて地上に戻ると、女性たちが脱ぎ始める。そのとき、この映画では唯一、サクソフォンがフロントにでて、あるエロティックな音楽的イメージを喚起する。また、音楽的にもっとも印象にのこるかもしれないシーンはといえば、「野性の惑星」でのダンス・シーンか。ここは3拍子でそこそこの尺を持っているが、だんだんとテンポが速くなってエンディング・シーンへとつながってゆく。
*架空の土地をつくりだすサウンドの秘密について触れたつづきは、『ファンタスティック・プラネット Blu-ray』(品番:DAXA-4504 発売元:WOWOWプラス 販売元:角川書店)封入のブックレットでお読みください。
小沼純一(こぬま・じゅんいち)
早稲田大学文学学術院教授。音楽・文芸批評、翻訳、詩など様々な分野で創作、執筆活動を続ける。第8回出光音楽賞(学術・研究部門)受賞。主著に『魅せられた身体』『ミニマル・ミュージック』『武満徹 音・ことば・イメージ』(青土社)、『サウンド・エシックス』『バカラック、ルグラン、ジョビン』(平凡社)、詩集に『サイゴンのシド・チャリシー』(書肆山田)、翻訳監修に『映画の音楽』(M・シオン、みすず書房)など。
©1973 Les Films Armorial – Argos Films
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