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アニメーション作家・山村浩二氏『ファンタスティック・プラネット』の魅力を語るインタビュー:YouTube公開記念

フランス幻想文学の伝統の先に
  

*本稿は『ファンタスティック・プラネット Blu-ray』(発売元:WOWOWプラス 販売元:角川書店)封入のブックレットより、山村浩二氏のインタビューの一部を、筆者の了解を得て、WEB上で公開するものです。

■初めて観た時の印象

もう本当に絵が面白いので、そこに惹きつけられましたね。最初に観たときは、ストーリーはあんまりよく分かってなくて、後で何度か見直して「ああ、こういうことだったのか」と(笑)。ローラン・トポールのデザインしたユニークな生き物とか、シーンごとの世界をただただ眺めてしまう映画。SF作家のステファン・ウルの原作があるわけですけれども、僕自身はあんまりSFという感じは受けなくて、ある種の「幻想もの」、ファンタジーという風に捉えています。物語の中では、巨人のドラーグ族たちがテールはじめ人類たちをペットにして上から観察しているわけですけれども、そのドラーグ人たちをさらに観客である僕たちが観察している、という感じが面白いですね。「メタ観察映画」なんです。

■ローラン・トポール

この映画の世界観やキャラクターの創作に大きな役割を果たしているローラン・トポールのことを僕は知らなかったのですが、映画を観て随分経ってから「トポールって凄い!」と発見させられることになりました。2003年、フィンランドのトゥルクという街で行われたアニメーション映画祭に審査員として招かれたのですが、その時、併設イヴェントとしてトポールの展覧会をやっていたんです。ペン画とか木版画がとても刺激的で魅了されました。それで後からインターネットで検索すると、「ああ『ファンタ~』の人だったのか!」と。

 トポールの絵の一番の特徴は「痛み」だと思います。どの絵を見ても、この人、サディストなんじゃないかというくらい、精神的にも肉体的にも「痛い」。だから、トポールの絵の世界を知って、彼のファンになってしまった後に『ファンタ~』を見直すと、若干物足りない感じもします。トポールの世界よりも『ファンタ~』の方が、やや乾いた無機質な印象を受けますね。彼の絵はもうちょっと肉体的、オーガニックなイメージです。残酷さに関しても映画の方がドライで、冒頭の母親が死ぬシーンも、あまり痛みは感じさせないですよね。それはアニメーションの動きの付け方とか他の要素もあるのかもしれませんが。このBlu-rayの特典のインタビューの中で、トポールが制作の初期段階で現場を離れてしまったと監督のルネ・ラルーが語っていますが、そうやってトポール本来の「痛さ」が少し薄まって、ラルー自身の持っているポップさのようなもの、あるいはチェコの現場のスタッフの持ち味が加わったことによって、この作品が幅広い層の人に楽しんでもらえる映画になったのかな、とも思います。それでも十分、カルト的な映画ではあるわけですが。

■巨人物語の伝統

 この映画のパンフレットを見ていたら、浅田彰さんが「砂漠のボッス」というタイトルで文章を書かれていて、確かにヒエロニムス・ボッスとかピーテル・ブリューゲルの影響はトポール自身も受けていると思うんですよね。人と物が有機的に入り乱れているような、人間がある種、物と対等に扱われているような世界観です。
 それで思い出したのですが、フランソワ・デプレという日本ではほとんど知られていないフランスの版画家が、1565年に「パンタグリュエルのおどけた夢」というタイトルの画集を出しています。この絵を見ているとまさに『ファンタ~』の世界なんですよ。彼はサルバドール・ダリなどシュールレアリズムの作家にも影響を与えた画家なんです。「パンタグリュエル」というのはご存じかもしれませんが、フランソワ・ラブレーという15~6世紀のフランス文学者の作品のタイトルです。これともう1冊「ガルガンチュア」というのがあって、どちらも主人公の巨人の名前なんですね。フランスの民間伝承をベースに、騎士物語のパロディとして巨人の話を書いたグロテスクな嘲笑の物語がこの2冊。だから『ファンタ~』にも実はラブレーの影響が、原作者なり、トポールなりにあったんじゃないかと思っていたのですが、今回、特典映像のインタビューでラルーが「ラブレーの世界からインスピレーションを受けている」とさらりと言っているのを見て、ああ、やはりそうかと。ラブレーはフランス人なら誰でも知っていて、我々日本人にとっての「桃太郎」のようなものだそうです。そこから翻案された作品が後にたくさん生まれてくる。『ファンタスティック・プラネット』は非常に独創的な世界観を持つ作品ですが、決して突然変異的に生まれたものではなく、フランス幻想文学の流れの中にきちんと位置づけられる作品でもあるんです。
 
(2013年7月29日 ヤマムラアニメーション アトリエにて)
 
*インタビューの全文は『ファンタスティック・プラネット Blu-ray』(品番:DAXA-4504 発売元:WOWOWプラス 販売元:角川書店)封入のブックレットでお読みください。

山村浩二(やまむら・こうじ アニメーション作家)
1964年生まれ。東京造形大学卒業。90年代『カロとピヨブプト』『パクシ』など子どものためのアニメーションを多彩な技法で制作。2002年『頭山』がアヌシーほか世界の主要なアニメーション映画祭で6つのグランプリを受賞、第75回アカデミー賞にノミネートされる。また『カフカ 田舎医者』がオタワ、シュトゥットガルトなど7つのグランプリを受賞、世界4大アニメーション映画祭すべてでグランプリを受賞した作家は世界唯一。2011年カナダ国立映画制作庁とのアジア初の共同制作アニメーションとして『マイブリッジの糸』が完成。これまで国内外の受賞は80を越える。また、『くだもの だもの』『おやおや、おやさい』(共に福音館書店)など絵本画家、イラストレーターとしても活躍。東京藝術大学大学院教授。

©1973 Les Films Armorial – Argos Films


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